書評のご紹介|私は『精神障害のある人の就労定着支援 – 当事者の希望からうまれた技法(天野聖子 著)』をこう読んだ

はじめに

『精神障害のある人の就労定着支援 - 当事者の希望からうまれた技法』天野 聖子 著|多摩棕櫚亭協会 編著|中央法規出版

社会福祉法人多摩棕櫚亭協会
理事長 小林 由美子

精神障害のある人の就労定着支援 – 当事者の希望からうまれた技法』が本年(2019年)5月に発売となってから、半年以上が過ぎようとしています。そして季節は初夏から冬へと移りました。
先日この本をもう一度読み返してみました。読後の感じが刷り上がったばかりの興奮気味に読んだ時とは少し違う感じがありました。
もともと読みやすさを心掛けたこの本ですが、今回はさらにその言葉の数々が、樹木が水を吸い上げるようにすっと体に入っていく感じに自分でも驚きました。特に第二章「経験から蓄える」は、天野さんの強烈でもあり悲惨でもあるそれが、私の中にも一つの体験として蓄えられていく、そんな感覚を強く持ちました。不思議です。
中央法規出版 担当編集者の柳川さんが、「この本は爆発的に売れるというより、じっくり長く読み継がれていくものだと思います。」と話されていたのを思い出しました。
「読み継ぐという事はこういう事なのかもしれない……」そんな風にも感じました。

そこで今回、この本がたくさんの人々に読み継がれていく事を願い、こんな〈特集〉を組んでみました。

題して……
“私は『精神障害のある人の就労定着支援 – 当事者の希望からうまれた技法』をこう読んだ”

地域・医療など精神保健の分野で活躍される方々に、この本を読んだ感想や、この本への思いをご自分の体験などと重ねあわせて、大いに語っていただこうと思います。お願いしたのは「ぜひこの方の感想が聞きたい!」と言う方々ばかりです。ぜひご一読ください。

[書評1] 中住 孝典さん

『精神障害のある人の就労定着支援 – 当事者の希望からうまれた技法』を読んで

東京都精神保健福祉家族会連合会
副会長 中住 孝典

多摩棕櫚亭協会が精神障害者の就労支援事業所としてスタートし、紆余曲折を経ながらも精神障害者の就労のあり方をシステムとして形作り発展させてきたことに敬意をはらいたいと思う。本書「精神障害者のある人の就労定着支援」は棕櫚亭が長い間精神障害当事者の就労支援にひたむきに向き合い「就職することだけがゴールではなく、その後も元気に働き続けることや生活全体が豊かになって、人とつながる喜びがもてることを目指してきた」を理念に活動してきたひとまずの集大成といえる。①「システムとしての就労支援」 ②「経験から蓄える」 ③「強い組織をつくる」の三部構成から成っている。①「システムとしての就労支援」はまさに精神障害者のプラクティカルな就労支援に向けてのエッセンスや視点が数多く盛り込まれており、今からすぐ使える実践書としても優れて役立つものと思われる。しかし私がこの書の最も価値ある部分と思うのは②「経験から蓄える」③「強い組織をつくる」にあると思っている。

天野氏が赤裸々に自身の生き様を語り、その模索のなかで精神病院のPSWとなり、精神病院の中で体験した様々な心痛む出来事、患者との出会いが現在の棕櫚亭の創立につながった。当時多くのPSWや医療従事者は自分に与えられたフィールドの中で精神病院の開放化や患者の社会復帰、生活支援に向けた関わりを行っていたと信じたい。精神病院の特殊なヒエラルキーのなかで時には挫折感を味わい、自分の心に折り合いをつけながらPSWとしての自分を模索していた当時の自分をも思い出す。今から40年前、20年、30年いやそれ以上に長期入院をしていた方が当たり前のように当時の精神病院には多くいた。あれから随分時が経った。1983年(昭和58年)報徳会宇都宮病院事件(患者を死に至らしめたリンチ、殺人などの虐待行為等)を発端に患者の人権を蹂躙した閉鎖性の強い日本の精神病院がもつ構造的な問題が諸外国強いては国連人権委員会から非難され、外圧により1987年(昭和62年)に精神衛生法が精神保健法(現在は精神保健福祉法)へと変わり、曲がりなりにも精神障害者の人権擁護や社会復帰の促進がうたわれた。今更ながらに患者本人の同意に基づく入院が法律により明文化され任意入院の制度や入院時には書面による権利等の告知制度も創設された。しかし今もどうだろう。日本の精神病院は大きく変わったのだろうか。相変わらず長期入院者や社会的入院者の退院促進は大きく進んでおらず、更なる長期化が続いている。同時に高齢化も進み医療安全の側面から患者を管理する志向が強くなっている感さえある。リスク管理に追われ食事や外出、買い物等も制約が多くなり昔と比べても日常生活の自由度が狭められている感さえある。精神保健福祉法の改正(平成25年)で退院促進に関する院内システムとして退院支援委員会ができたが蓋をあけると骨抜きのような中身である。問題になる長期の医療保護入院者は退院支援委員会の対象から外され、更に問題なのは長期の任意入院者の退院支援はすっかり棚上げになっている。社会復帰援助、生活支援の役割を担うPSWは退院支援委員会の事務的なマネジメントに追われ実質的な関わりには程遠い状況にあるように映る。人権侵害に抵触する患者の隔離、身体拘束も2014年6月時点で1万682人と2003年と比較して倍になっているというデーターもある。国は精神病床を減らすと10数年前に言いだしたが現実にはほとんど進んでいないのが現状。日本の病院精神医療は限界にきているということを痛切に感じる。精神科病床数が温存され医療経済性が先行する私的精神病院中心の精神医療状況が続く限り精神医療は変わらない。日本の精神医療にフランコ・バザーリアはいない。地域が変わって精神病院を凌駕するという視点とその実践が必要という事を痛切に感じる。天野氏が病院PSWとして活動していた時に感じた精神病院の限界、様々な患者との出会いで味わった色々な痛みや挫折感、そういが思いが現在の棕櫚亭の活動の原点になっていると感じる。②「経験から蓄える」の章は人が行動を起こす時、又はその行動を貫く時にどのようなフィロソフィーをもつことが必要かを示唆してくれる。精神医療や医療従事者または人を援助する職業には常に加害性を孕むことを忘れずフィロソフィーをもって向き合う事が問われる。そのようなことを考えさせてくれる大切な「章」となっている。

そして人を支援する時には支援する側の人や組織の成長が求められる。どのような組織にも共通するが組織が何のための誰のための組織なのかという理念とそれに裏打ちされた組織作りと体制の維持、そして継続性を担保することは言うは易いがその実践には多くの意識的な努力が伴う。③「強い組織づくり」は棕櫚亭の活動経過を通してどのような観点を大事にしながら組織作りを行ってきたかが要点良く示されている。とかく福祉の世界はこの組織作りが従来苦手な分野ではあった。安い人件費に甘んじながら人の善意に当然のように頼りながら組織が運営されていく。このような状況からは質の高い人材や組織は育たない。相互信頼と対等性を育み頑張れば報われ評価され、そして個人の成長につながる組織でなければならない。人は人によって生かされ組織も人によって生かされる。組織の継承問題に直面しようとしている福祉関係団体は多い。この「章」を是非参考とされたい。

中住 孝典さん

東京都精神保健福祉家族会連合会 副会長

棕櫚亭との関係

トップバーターは、東京都精神保健福祉家族会連合会 副会長 中住孝典さんです。
中住さんは、東京青梅病院 初のPSWとして勤務されながら、青梅市の家族会や作業所の立ち上げなどにも手を尽くされた方です。
青梅市と言えば、八王子市と並んで多くの精神科病床を抱え、それが長期在院者を産み出す原因ともなりました。
まさにその青梅で精神保健福祉の要となってきました。そして、病院を退職された今も、青梅市の精神保健福祉に尽力され続けています。
中住さんと天野さんは同時代に病院のPSWとなりました。そして、当時の病院の悲惨さを知り尽くしているお二人でもあります。しかし、一人は病院を飛び出し地域に作業所を立ち上げ、もう一人は病院に残りそこで支援をし続けました。外から変えるも内から変えるも手強い精神科病院と言う構造、だからこそ中住さんに、天野さんが書いた本の感想を聞きたくなりました。

棕櫚亭からのコメント

「日本の病院精神医療は限界にきているということを痛切に感じる。」
書評の中にこんな一節があります。精神科病院を内側から見続け変えようとしてきた中住さんだからこそ言える言葉です。
そしてさらにそれは、「精神科病床数が温存され医療経済性が先行する私的精神病院中心の精神医療状況が続く限り精神医療は変わらない。日本の精神医療にフランコ・バザーリアはいない。地域が変わって精神病院を凌駕するという視点とその実践が必要という事を痛切に感じる。」と続きます。
これは地域で活動している今の私達も痛感している事です。でもその「解」を持たぬままにいる自分達の非力さも同時に感じています。
当時を知っている先達たちは、病院の中にいようと外にいようとその問題意識(精神科医療を変える)だけは共有していた様に思います。
精神科医療に問題を提議していけるだけの意識、それを病院の内外関係なく次の世代の私達は引き継いでいるのでしょうか? そんな事が問われている一文としてこの文章を読みました。

 

『精神障害のある人の就労定着支援 – 当事者の希望からうまれた技法(天野聖子 著)』の詳しいご紹介

新刊書紹介『精神障害のある人の就労定着支援 – 当事者の希望からうまれた技法』天野 聖子 著 »

オフィシャル棕櫚亭ネットショップで《特別価格》にて購入

トピックス