【報告】職員研修旅行

法人本部 2016/12/16

「みんなで旅行したい!」と半ばノリと勢いで発案した研修旅行
みんなが参加出来るようにということで、先日秋川渓谷の旅館に行ってきました。

研修には、26人の職員が参加
まず天野さんに棕櫚亭の30年を語ってもらい、現リーダーの方々にメンバーとの忘れられない出会いや苦しかった体験を語ってもらいました。それからグループに分かれてどういう組織を自分がどう作ってゆきたいか、自分がどう変わっていきたいのかなど話し合いました。
自分と向き合い、お互いのことを知り、「精神業界を変える!」と野望を語り合い…濃密な研修になりました。私自身この研修の中で、利用者の苦労や辛さを受け止められてないのではという思いがずっとあり、そんな自分に恥ずかしさを感じていることを先輩方に相談しました。年齢と経験を重ねていくことで感じ方が変わっていくこと、わかりたいという気持ちが大事だというアドバイスを受けて少し気持ちが軽くなりました。

研修後は皆で楽しい時間を過ごしました。宴会、出し物、マージャン。お酒がなくなっても話は尽きず、夜中の2時すぎまでこたつに入っておしゃべり。翌日にはまたまたお酒を飲みながらBBQと思い思いに楽しみました。

3時間を超える研修は今までの30年、先輩方が築いてきた棕櫚亭の歴史の続きは私達が創るんだ!という大きな志をもって終えました。精神障害者の幸せ実現に向けて、組織のより強い団結力が生まれた研修旅行になったと思います。 期待と不安で企画し始めた初の研修旅行は、何事にも楽しむ棕櫚亭らしい旅行になり、準備は大変でしたがやってよかったです。

皆さん、お疲れ様でした。
オープナー 本田 美咲

【報告】愛媛県松山市の事業所等見学

法人本部 2016/12/09

11月の全国就労移行支援事業所連絡会のタウンミーティングの合間に愛媛県松山市近隣の事業所を訪問させていただきました。今回の見学にはねっとworkジョイの高石さんにご協力をいただきました。

  1ヶ所目のきらりの森は松山市にある就労移行、就労継続B型、自立訓練を行っている多機能型事業所です。

就労移行では清掃、介護資格取得の2つのコース、継続Bでは、レストラン、弁当の製造・配達、ケーキの製造販売、自立訓練では対人関係の練習や整容、入浴などのQOL向上のための訓練が行われていました。スタッフの関わりは指示、見守りが中心で、利用者の方が、自分で判断をし、それぞれの作業を進めていたのが印象的でした。

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 施設長の平田さんからお話を伺うと、きらりの森の開設にあたり、近隣の方々からの理解がなかなか得られず、苦労したというお話でした。しかし現在はお隣の児童館、福祉センターと共に地域の資源として認知されている、とても地域に開かれていると感じました。それも子供連れでも居心地の良い空間作り、美味しくリーズナブルなランチなど、地域の方に利用してもらうための様々な工夫がなされているからなのだと思います。

 2ヶ所目は松山記念病院です。病床600床の精神科病院、精神科デイケア、訪問看護ステーションなどを運営されています。病院内は写真を撮らせていただくことはできませんでしたかが、どの病棟も明るく、ゆったりとしたスペースで、昔の精神病院ような閉塞感とは無縁な作りになっていました。

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 病院の敷地内にある地域活動支援センターステップも見学させていただきました。病院内のデイケアは年齢が高い方が多いとの事でしたが、こちらは若い発達障害の方の利用が多いそうです。こちらでは日中活動の一歩として喫茶店の運営をされていました。

地域活動支援センターが喫茶店やっている!という事にとてもびっくりしましたが、就労のイメージ作りにつながることや、地域にも開かれている事が、リハビリテーションに有効なのではと思い、とても素晴らしいアイディア!と感じました。

 3ヶ所目はぶうしすてむさんです。IT関連を中心とした在宅就労を支援している就労継続A型、B型の事業所を運営されています。

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 理事長の川崎さんから遠隔地就労、在宅就労の可能性や、障害ある方々の労働力をどのようにして企業と結びつけていくのかなどなど、熱い想いをたくさん聞かせていただきました。

 見学で感じたのは、障害ある方々の支援に決まった形は無いという当たり前のことです。障害ある方々の幸せの為に何ができるか、制度にとらわれすぎず、自由な発想で考える事が大切。その為に地域に根差し、時として地域を越える発想力、実行力を持つ事。今回の見学はとても刺激的なものでした。私たちの支援にも生かせる点が多々ありました。この様な機会をいただけて本当に嬉しく思います。高石さんをはじめ、ご協力いただいたみなさんありがとうございました。

ピアス 吉本

 

精リハ学会・ベストプラクティス賞 受賞!

法人本部 2016/12/07

先週の12月1日(金)、日本精神障害者リハビリテーション学会第24回長野大会において、「第9回ベストプラクティス賞」を棕櫚亭が受賞いたしました。この賞は、日本精神障害者リハビリテーション学会が2008年に創設したもので、日本の精神保健医療福祉の現状を踏まえ、精神障害者のあるべき姿を展望し、それに到達するためのモデルとなる実践に贈られるものです。選考にあたっては「ボストン基準」と呼ばれる、ベストプラクティスを評価する6つの世界基準に加え、学会独自の基準を加えた8つの基準を満たす必要があり、棕櫚亭の活動は、それを満たしていると評価を受けました。IMG_2305

また、この賞に推薦してくださった社会福祉法人巣立ち会 理事長の田尾有樹子さんは、推薦文にこんな事を書いてくださいました。

『精神障碍者の多くが働きたいと願っている。しかし、かつてはその願いも、「再発の危険が高まるから」「無理をしない方がいい」などのパターナリズムの中で、支援者が握りつぶしてきたような歴史がある。そうした中で、棕櫚亭は当事者の願いに沿った支援を実行していこうという思いのもとに、就労支援に取り組んでいった。かつての作業所時代に期限を2年間と切って就労支援を行ったのは棕櫚亭が最初と思われる。現在、障害者総合支援法の中で、就労に関するリハビリテーションが「就労移行支援」という形で、こんなに発展してきているその最初のモデルを作ったのが棕櫚亭であり、就労リハビリテーションに大きく貢献してきていると考えられる。障害者就労を国が支持することで障害者の自立が促進されるという認識を国にもたらしたことも大きな功績で、その後の雇用率拡大や精神障害者を正式に雇用率に算定していくことにも棕櫚亭の活動が寄与してきている部分があると考えられる。』

棕櫚亭の今までの活動を評価してくださった嬉しい言葉です。

そしてこの受賞は、来年30周年を迎える、棕櫚亭への最高の餞となりました。今後もこの名の通り、「ベストプラクティス」を続けていけたらと思っています。本当にありがとうございました。                     (理事長 小林 由美子)

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理事長退任に当たって

法人本部 2016/12/05
本当に終わりという日が来るものだと新理事長に花束をもらって、しみじみ思った最後の理事会でした。悲しいとか寂しいとかよりやっとここまで来たという安堵感と嬉しさでいっぱいです。
世代交代、組織継承をお題目のように唱え続けたこの数年でした。現場の忙しさや、ワーカーであり続けたい、経営者になりたくないという次世代リーダーたちの本音が漂う中、本当に大丈夫なのかという不安が胸をよぎったことも多々あります。多分現状維持が一番簡単だし、現場も充実するかもしれない。それでも、30周年を迎える今、敢えて交代してゆくことが棕櫚亭にとって必要だと思ってきました。グループは生き物と言いますが、組織も時には生々しい生き物です。職員もメンバーも入れ替わりがあり、事業も時代的制約の嵐で、波風が立つことも多々あります。その中でいつも考えていたことは、全体力量を意識すること、やりがいをもってみんなが働けるよう条件整備と環境づくりに勤めること、問題や課題は議論して早めに解決することなどなど案外地道な(時には保守的な?)ことでした。経営状態が悪化したり、定員割れになったり、いざこざの絶えない組織では良質な対人援助ができるはずはありません。小さくとも風通しのいい棕櫚亭をそのまま渡したいというのは実は私の悲願でした。
精神障害当事者や家族が少しでも楽になる為に、まだまだやることの多い長い仕事だから、次世代また次々世代と繋げていかなければならないのです。そういう意味では40代後半から50代のベテランが数名いて、30代に厚みのある今が一番の交代時機です。そのことを随分話し合って目配り気配りしてきましたが、本当にここでバトンを手渡すことができて幸いです。

ふりかえればさまさまなことがありました。精神病院15年の勤務で5回の転職、時には解雇、時には休職というあまり褒められない働き方をしてきた私が、棕櫚亭で30年働かせてもらえたのは、実に幸運でした。思えば医療ヒエラルキーに反発して、創設者の女たち4人が自在に動きまわり、社会福祉法人にしてからは、組織自体が社会化していく過程で、私自身もいつしか大人になっていったようです。
この間出逢った多くの当事者と、喜びを分かち合ったり、挫折や再発に向き合って涙したりー。そんな時間は私の中にしっかり刻まれていて、これが、まさに私にこの仕事を通算45年続けさせた一番の原動力でもあります。亡くなった方達、消息のわからない方達、無念の思いで病院にい続けた方達にも深く深く御礼を言いたいと思います。この思いは確実に次の世代につなげるということ、それを伝えた上での降板だということもご理解ください、本当にありがとうございました。

PS なぜかバンコクのスタバでこれを書いています。息子宅の新生児育てのヘルブとして来て一週間。家事育児の苦手な私の新しい試練です。
いつも棕櫚亭周辺にいた子供達も育っていき、私自身がやっと大人になったと思ったら、もう孫持ちのおばあちゃん。次の命はぐんぐん大きくなってゆきます。世代交代はそこから見ても自然の流れなのでしょう。

再来週には国立に戻って、来年、3月31日までは棕櫚亭の職員として働いています。皆様遊びに来てください。

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会 前理事長 天野 聖子

理事長就任の挨拶

法人本部 2016/11/25

2016年11月13日に行われました理事会の決定を受け、天野前理事長から理事長の職を引き継ぐこととなりました。ここ10年をかけて取り組んできた組織継承に、一旦の区切りが着きほっとしたと同時に、大きな役割に身の引き締まる思いです。さらに、棕櫚亭は来年で活動開始から30年を迎えます。その様な節目の年を前に、この継承が無事に行われた事をとても嬉しく思っています。

 

この30年を振り返ってみると、棕櫚亭には10年ごとに大きな事が起こります。まず、最初の10年には、社会福祉法人を設立し、通所授産施設を開所しました。法人格を取得した事で、受託できる事業も増え、提供出来るサービスの幅を増やしていきました。そして、さらにその10年後には、障害者自立支援法(現:障害者総合支援法)が施行され、棕櫚亭も、この法改正に合わせ、サービスを再編するという事を余儀なくされました。収入面でもそれまでの箱払い(年度払い)から、個別給付(日払い)に変わり、自分達の意識を「施設運営」から「施設経営」に変えていく必要にも迫られていきました。質の高いサービス提供と経営のバランスに四苦八苦しながら、法人全体が一つになってこの荒波を乗り越えたのを、昨日のように思い出します。そして、30年を迎える今、社会福祉法の改正が行われようとしています。この法改正は「社会福祉法人制度の大改革」と言われ、またまた棕櫚亭にも荒波が押し寄せてきそうです。本当に10年ごとにいろいろな事が起こります。でも、天野前理事長はこんな事をよく言っていました。「組織は10年で腐る。」この言葉を考えれば、色々反論したい事はあるにせよ、法改正も組織の活性化には必要な事なのかもしれません。ただし、そこに飲み込まれることなく、棕櫚亭らしさは大切に守っていかなければと思っています。

 

最後に少しプライベートな話になりますが、数日前に理事長交代を知った友人から、メッセージが届きました。私もそれへのお礼と、ただ旧友という事もあり、少しの不安と本音を織り交ぜた返信をしました。するとさらにこんなメッセージが送られてきました。

「あなたの仕事についてはほとんど全くと言っていいほど、知識がありませんでした。でも時折、棕櫚亭のホームページを見たりしている内に、ああ、こんな世界があって、こんな風に頑張っている人たちがいるんだと気付きました。魅力的な方もたくさんいて。だから素晴らしいじゃないですか!!そんな世界をけん引していけるという事は!!!」

この言葉は、新しい出発にまだ少し躊躇する、私の最後の最後の扉を開けてくれるものとなりました。そして、これは利用者の方々、そのご家族、棕櫚亭がこれまでお世話になった沢山の方々から頂いた言葉の様にも感じています。「棕櫚亭があってよかった。」そう思っていただける様な組織を、職員と共に創り続けていきます。これからも皆さんに助けて頂く事ばかりだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

平成28年11月24日

多摩棕櫚亭協会 理事長 小林由美子

理事長交代のお知らせ

法人本部 2016/11/25

理事長天野聖子から今季限りでの退任の意向がだされたことを受け、先日の理事会で理事長の互選が行なわれました。天野前理事長の退任を惜しむ声や、新しい世代への期待といった意見が出される中、前常務理事の小林由美子が新理事長に、理事の高橋しのぶが新常務理事に選出されました。任期は2年で平成28年11月19日から平成30年11月18日となりますが、改正社会福祉法との関係で実質は平成29年6月までの任期となる予定です。

 

常々天野前理事長が申しておりました「他に先駆けた世代交代」へと又一歩前進し、新体制におきましても変わらず精神保健業界の牽引役であるべく研鑽を積み、山積する課題に取り組んでいく所存でございます。とは言え、大幅に若返ったことでの組織としての未熟さはあろうかと思います。従いまして皆様におきましては引き続き変わらぬ、多摩棕櫚亭協会へのご支援・ご指導をいただければ幸いです。重ねてお願い申し上げます。

 

尚、10年にわたって理事長を務めました「天野前理事長の退任挨拶」や「小林新理事長の所信表明」につきましては、後日当ページでアップする予定です。今しばらくお時間をくださいませ。

 

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会 法人本部

JSN東京を見学&職員交流してきました。

研修会 2016/10/28

10月25日、渋谷にある就労移行支援事業所JSN東京にて事業説明&職員交流が行なわれました。棕櫚亭の就労支援スタッフ総勢10名で押し掛け(⁉︎)ましたが、快く迎えて下さいました。

NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク(略称Job Support Network=JSN)は、大阪を拠点に主に就労移行支援事業を展開されています。この8月には新たに東京で事業所を開所されました。棕櫚亭は、先のリカバリーフォーラムやSPISの研修でもお世話になっていて、今後の交流を約束していたのでした。

今回は、統括所長の金塚さんから、JSNの就労支援の仕組みとそこで大切にしている思いを聞かせて頂きました。質疑応答では、時間を超過しても終わらず・・・。その後の懇親会でも大いに盛り上がり、次回は棕櫚亭のある谷保にて再会する約束をしたのでした。

JSN東京の皆様、たくさん勉強させて頂きました。ありがとうございました。

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あさやけ作業所の伊藤善尚さんが来所されました

法人本部 2016/09/29

棕櫚亭には毎日多くのお客様が見えますが、時にとても懐かしい人が、顔を出してくれることもあります。今日は利用者のモニタリングに来たあさやけ作業所の伊藤善尚さんとピアスのお弁当を食べました。この道40年の方なので、昔話に花が咲きました。共同作業所つくりに情熱を燃やしたけれど、大きな文脈から見たらどういうものだったのだろう、これから福祉はどんな形になるのだろうなど話はつきません。いろいろな話の中で改めて見えるものもあるようで、あっという間の1時間でした。(天野)

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相模原殺傷事件に対するアピール行動に参加しました

法人本部 2016/09/27

9月26日(月)「相模原事件に対するアピール行動」が参議院議員会館及び日比谷公園周辺で行なわれました。多摩棕櫚亭協会からも8名の職員が参加しました。途中、シュロの会(家族会)の植松さんとも合流することができました。

行動でのアピールポイントは4点で、以下のとおりです。

①19人ひとり一人に思いを馳せ、追悼する。
②「障害者はいなくなればいい」存在ではない。
③措置入院の強化、施設や病院の閉鎖性を高めることに抗議する。
④障害の有無によって分け隔てられないインクルーシブな社会をつくる。地域生活支援の飛躍的拡充を求める。

多摩棕櫚亭協会は「相模原殺傷事件」について、これからも継続的に事件について見聞を深めながら、いろんな切り口で考え、皆で知恵を出しながら、発言していきたいと考えています。

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(参加した職員の声)

棕櫚亭でもこの事件について、メンバーの方々も含め、自分の思いを語り、忌憚のない意見交換をすることが大切なのではないかと感じた。自分の障害について考えながら魂の通った対話を通じて、社会を皆で支え・支えあうとする姿勢や実感を得るというプロセスが改めて大切だと思った。そういう意味でも今回のアピール行動は、議論の場ではなく、対話集会だったことがよかったと思う。(櫻井)

様々な障害者がこの事件については本当に発言したい、訴えたいという思いで集まっていました。立場や意見は様々だけれど、とにかく障害があることで排除しないで、多様性を認める社会にしようという思いは一つだと感じました。(天野)

いろいろな立場によって、捉え方や意見の違いがあるということを実感しました。また、施設サービスのあり方、匿名性、建て替えのことなど今まで自分があまり深く考えていなかったテーマがあることも学びになりました。「命の価値」というテーマについても、「そもそも命が価値というものの生みの親だから」という捉え方にもなるほどと思いました。この事件を、社会全体の問題、そして、社会を形作る一人一人の問題と考える人がたくさんいることに少しほっとし、わたしも、自分の中にもある暗闇から目を背けないでいこうと強く思っています。(伊藤)

今回参加するにあたってプラカードを作ったのですが、掲げたいメッセージを考えながら、本当にこの事件は多くのテーマを含んでいることを改めて実感しました。とても一言では収まらず、結局は、参加できなかった職員の想いも含め4つのメッセージを背負って歩きました。
今、多くの雑誌などで事件の特集が組まれています。追悼集会にて多様な団体や立場の人間が一同に集い、この出来事が抱える様々な側面に対する想いを語り合ったことに意義があり、これだけの議論のきっかけを与えてくれた事件を決して風化させてはならない、我々は考え続けなければならないと、痛切に感じました。         (尾崎)

今回のアピール行動に参加して感じたことは、自分が一面的にしか物事を見ていないということです。山ゆり園の施設の建て替えについても然り、「障がい者はいなくなればいい」という考えに対して、「それは間違っている」というだけでなく、その考えに正面から向き合って議論を深めていくことが大切なのではと感じました。それを実行するのはとても難しいことですが、自分の身近なところから始められたらと思います。  (工藤)

集会に参加して、いかに今回の事件が多くの人達にショックを与えたか、偏見を持つ人達がいまだに多い事をまのあたりにしました。又私達が、進めてきた事と反対の方向へ進もうとする動きも出てきている事も知り、歩みを止めず、ここで自分も負けないように、職員として、一個人として、常に何かできる事は無いのか?ということを考えていかなければならないと強く感じました。(馬川)

今回参加して、この事件が国や当事者、家族と多くの人に与えた影響の大きさを感じました。この悲しい事件を「ただ悲しい」と思うだけではなく、悲しみから障害を持った方々のこれからを変えたい・変えていかなければという強い決意の声を直接聞くことができ、改めて自分にできることは何なのかを問うきっかけになりました。(本田)

いろいろな立場や背景の方の話が聞けて、まさに多様な場でした。熊谷さんという方の、「障害者は価値のない存在では無くて、価値を生む母なのだ」(たしかそんな話でした)という言葉が心に残りました。
アピール行動は、大きな声が出せて楽しかったです。始まったら、アッと言う間でした。(田村)

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