『往復書簡 1 – 櫻井博と荒木浩』Part ❶ “はじまりにあたって”

法人本部 2017/10/18

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博 Part1 はじまりにあたって

はじまりにあたって

棕櫚亭は今年ついに30年。新たな時代のはじまりに。

当法人は、東京都・国立市に共同作業所棕櫚亭Ⅰを立ち上げたことを皮切りに活動を開始しましたが、今年ついに30年をむかえることができました。
創設世代は平成29年3月を最後に退職しましたので、法人化以前の過去を知る者も少なくなってきました。私自身その歴史の中で25年近く職員をさせていただいているので、振り返ると入職当時と比べて精神障がい者の福祉が充実してきたなぁと深く実感できる最後の世代かもしれません。

若き日に思い描いていた仕事の将来像。

精神障がいの何たるかも知らない二十歳そこそこの若造が入職当時、勝手に思い描いていたのは、「私達健常者職員がいなくなることがこの業界の一つのゴールである」ということです。これは、本当に本当に真面目に考えていました。理由としては、彼らがリハビリをして、精神状態が安定してくれば健常者と替わらないのではないかという思いが一つ。骨折等の怪我のリハビリのイメージが念頭にありました。次に障がい当事者の気持ちは彼ら当事者にしかわからないという強い思い(こみ?)が一つ。経験者にしか経験の辛さはわからないという価値感は自分自身の成育歴と結びついてきているかもしれません。そして最後に、その頃この障がいはこころが風邪をひいているようなものだと盛んに言われていて、風邪ならいつか治るだろうし、むしろもしかして自分もひくかもしれないと思っていたのが三つ。
こういった三つの理由をまとめると、少なくともこの分野では健常者と当事者の境は有るようで無く、むしろボーダレスになる(統合される)ことこそ健全な世の中でだと考えていたからです。実際、この業界に飛び込んでくる職員は確かに、強い悩みを抱えていることが多いですし、近親者に障がい者がいるなど、健常者と障がい者との間辺りにいる方が多いように感じます。

ピア(当事者)の時代だからこそ自分達のありようを見直したい。

しかし、25年間職員をしているといろいろな心境や環境の変化があるものです。自分の思い、つまり「私達健常者職員がいなくなることがこの業界の一つのゴールである」という思いは、「ピアスタッフ」という方々の台頭で正しかったのだと思う一方、残念ながらまだまだ全体の一部でしかないのが実状だと思います。もちろん、当事者の時代が始まったということの実感は、当事者の櫻井さん(往復書簡を行なうパートナー)が法人のスタッフに加わったことからも意識していますが、彼のような方は極まれです。そうだとすると、ボーダレスになるという私の過去の仮説は少しだけ違っていて、境界線は薄まってきているということなのかもしれません。

むしろ私には、誤解を恐れずもっと踏み込んで言うならば、「健常者でも当事者の気持ちが積極的にわかるのではないか?」という気持ちが少し芽生えています。勿論、健常者だからこそできるとは決して思いませんが、ピアとは違うアプローチ『も』支援の受け手の選択肢の一つと「強く」アピールできないかと思っています(現段階ではこちらのほうが圧倒的に主流なのですが)。「当事者の時代」がこの先どのようにすすんでいくのか非常に興味深いところなのですが、この新たな時代のはじまり(少なくとも棕櫚亭にとってのはじまり)に「健常者職員」と「当事者職員」の違いを考えてみるのもいいかもしれないと思いました。
こんな思いの中、同じ職員でありながら何故に自分が「健常者」と言われ、櫻井さんが「障がい者」と言われるのかということを、私達の思考パターンなど内部要因、あるいは生活暦・生育暦など外部要因を切り口にして考えたいということを櫻井さんに提案してみました。そしてそれを往復書簡という形にしてみましたということなのです。

共に「境界線」を探る心の書簡。

服薬の有無といった目に見えることに限らず、べたに「障がい者と健常者の違いは何ですか?」という漠然とした問いを投げかけられても櫻井さん自身が困惑するでしょう。ならばどうすればよいのか考え、櫻井さん個人にせまってみることを考えました。つまり櫻井さんに当事者として自己開示していただきながら、こちらも一人の健常者として自己開示していき医療とは違う視点で、「当事者職員」と「健常者職員」の境界線を探ってみようという試みです。
勿論、できるだけフェアに相互開示できるように書きたいと考えています。但し出たとこ勝負なので、おそらく話は脱線したり、まとまりが無かったりするものと思われますが、その点は御容赦ください。

先に本音を言ってしまえば、櫻井さんの上司であった時期もありますが、腹を割って話すということまでしたことはありませんし、恐らくこの書簡を交わして今の距離を縮めたいと思っているわけではありません。しかし、あらかじめ書いておくと、彼は10才年上の男性として魅力的だし、尊敬もしています。そういう意味でお互いの同意と信頼感の下にこの書簡は成り立っていますので、多少白熱してもいいのかもと、密かに思っています。

なんだか大げさなテーマを掲げましたが、実は極私的自己覚知を櫻井さんの胸を借りておこなわせてもらいたいと腹黒く考えているのかもしれません。もちろん無意識ですが。
それでは櫻井さんの大好きな相撲に例えて「はっきょーぃ!」

社会福祉法人多摩棕櫚亭協会
ピアス副施設長
荒木 浩

「手紙」を交わすふたり

櫻井 博

1959年生 57歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ(ピアスタッフ)

大学卒業後、職を転々としながら、2006年棕櫚亭とであい、当時作業所であった棕櫚亭Ⅰに利用者として通う。

・2013年   精神保健福祉士資格取得
・2013年5月  週3日の非常勤
・2017年9月  常勤(現在、棕櫚亭グループ、なびぃ & ピアス & 本部兼務)

荒木 浩

1969年生 48歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 副施設長

福岡県北九州市生れ。大学受験で失敗し、失意のうち上京。新聞奨学生をしながら一浪したが、ろくに勉強もせず、かろうじて大学に入学。3年終了時に大学の掲示板に貼っていた棕櫚亭求人に応募、常勤職員として就職。社会はバブルが弾けとんだ直後であったが、当時の棕櫚亭は利用者による二次面接も行なっていたという程、一面のんきな時代ではあった。
以来棕櫚亭一筋で、精神障害者共同作業所 棕櫚亭Ⅰ・Ⅱ、トゥリニテ、精神障害者通所授産施設(現就労移行支援事業)ピアス、地域活動センターなびぃ、法人本部など勤務地を転々と変わり、現在は生活訓練事業で主に働いている。

・2000年   精神保健福祉士資格取得

もくじ

 

Photography: ©宮良当明 / Argyle Design Limited

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