福島・被災地への旅に思う(大貫編)

研修会 2019/06/19

生活訓練事業ピアス 支援スタッフ 大貫 綾乃

昨年、群像6月号に掲載された北条裕子の小説『美しい顔』が話題になった。被災地に居合わせたわけでもなく、行ったこともないという東京生まれの著者の作品は、一躍世間の注目を浴び、芥川賞候補にも上がるなど、期待が高まっていた。現地を訪れたことのなかったわたしは『美しい顔』に興味を持つと同時に、その場に居合わせていたわけでもなく、行ったこともない人間が福島を取り扱ってもいいものかと、表現者のはしくれとして疑問を持った。実際読んでみるとどこか違和感があったが、言語化することはできなかった。

その後(7月だったと思う)、棕櫚亭主催でソーシャルワーカーの高瀬さん、松本さんの『福島の現状を知る』講演が開かれた。震災当日に入所している高齢者全員を避難させ、その後数日間を生き抜いた話、当時ここまで大事になるとは知らされないまま避難訓練のトーンで「避難してください」と町内放送された話など、報道で聞いたことのない内容が多く、帰りの電車でもどきどきしていたのを覚えている。思い返せばこの頃から「実際に行ってみたい」という気持ちが沸いていたのだろう。

その後、群像8月号で『美しい顔』は参考文献明記を怠った件で謝罪文を掲載、たちまちインターネットで炎上した。再読してみると作品の巧拙以前に、現地のひとびとに対する敬意が損なわれている感覚をおぼえた。おふたりが語ったことばを思い返しながら読むと、『美しい顔』を演出することばたちがひどく空疎にみえるのだ。

同じ年の秋、旅行で女川へ行った。津波で横倒しになった派出所が、均等に舗装されたコンクリートの先にむきだしで置かれていた。目を疑う。無造作に並ぶ重機、露出した山肌、きれいな佇まいの土産屋が立ち並ぶメインストリート。復興と被害、人間と自然……コントラストの激しさに眩暈がした。女川ですら、完全な復興はまだまだ先だと肌で感じた。それでは震災の中心ともいえる福島第一原発近くの町は、今どうなっているのだろうか。

そして同冬、被災地研修があるとアナウンスを受けた。ずっと気がかりではあったものの行くきっかけを持てずにいた福島。否、きっかけはあったものの見過ごしてきただけかもしれない。知識としてではなく現実の「できごと」として、震災のことを知りたい。そして旅が終わったら今回のことを書きたい(そうしたらこんな機会を設けていただき、幸運というほかない)。私事で恐縮だがそもそも棕櫚亭、いわば精神障害の世界に飛び込んだのも、精神障害を目の前の「できごと」として、自分のこととして「知りたい」「もっと現状を変えたい」と思ったからだ。同じ気持ちが、被災地に対しても沸きはじめていたのだ。「この機会を逃してはならぬ。」と、天の声が聞こえた気がした。

予算など目もくれず、参加を即決した。

もっとも印象に残っているのは、高瀬さんのご実家がある大熊町(※帰宅困難地域:原発事故の影響により、住民が戻ることができない地域)を見せていただいたときのことだ。8年間という長い時間捨て置かれた土地で、伸び続けた雑草に覆われた田畑、静けさが支配する商店街、他所から運ばれてきた汚染土の袋が山積みになった光景……その一方で、りっぱな佇まいを残したままの精神病院。もし自分の街が同じようになったとき、そのことを受け入れて別の街で暮らしていくことができるだろうか。長い時間を過ごしてきた街で二度と元の生活を送ることができないと悟ったときの気持ちを想像してみる。息が詰まってくる。そんな過酷な経験をされてきたにもかかわらず気丈に振る舞い、被災当時から今までの状況を丁寧に伝えてくださった高瀬さんには敬服するばかりだ。東京から来た私たちをナビゲートする姿そのものが、スーパーモデルとして輝いてみえた。

得たものは大きくふたつあり、まず「物事を知りたい気持ちがさらに強まったこと」だ。もともと好奇心旺盛な方なのだが、輪をかけた。きちんと読んで、見て、聞く。福島についてもっと知りたくなり、さまざまな立場の方が震災当日やその後を語るドキュメンタリー映画『福島は語る』を見に行った。読書量も格段に増えた。それと心なしか、ピアスで人と話す機会も増えたような気がする。言葉の表面をなぞるだけでわかることは少ない。「それ、わかります」なんて、かんたんに口にしたくはない。

そして「もっと大きな枠組みで物事をとらえていかねばならない」と痛感したことだ。研修以来、自分のやることは社会のどこに・どのように影響していくのかを折にふれて考えるようになった。無力に見える個人の行動も、思わぬところでつながるときがある。何をかくそう、今回の研修について書きたいと思ったのは行けなかった人に伝えるため、そして行ったときの衝撃を自分の中に残しておくためだ。プライベートや仕事でも、ひんぱんにものを書くようになった。拙い走り書きばかりだが読み返してみたり、人に見せてみたりすると思わぬ発見がある。そういった反応が連鎖し、趣味の界隈でちょっとだけ大きな依頼を任されるようになった。人生、何が起きるかわからないものである。

いずれにしても、やらなければ始まらない。きたる2020年、二度目の東京オリンピックに沸き立つ反面で、未だ閉鎖的な様相の続く精神障害の世界に関しても、同じ視点と行動が求められているような気がしてならない。

甘ったるいぬるま湯の中で生きてきた半生を強く戒めてくれる、貴重な研修だった。お忙しい時間を縫ってガイドしてくださった御三方に、あらためて御礼を申し上げたい。

【参考文献・サイト】

『群像』2018年6月号・8月号

世の中ラボ【第101回】「美しい顔」問題をどう考えるか

※ 福島研修報告は、ページ上部右側の「研修会」をクリックいただければ

まとめてお読みになれます。新旧職員の力作をぜひお読み下さい!

無題

トピックス