特集/連載 Part ❻『ある風景 〜共同作業所〈棕櫚亭〉を、私たちが総括する。』 “Keywordは、「就労」「ピア」「生活」「食事」…かな。”

法人本部 2018/12/07

ある風景 ~共同作業所棕櫚亭を、私たちが総括する。

Keywordは、「就労」「ピア」「生活」「食事」…かな。

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会
障害者就業・生活支援センター オープナー 森園 寿世
(精神保健福祉士)

違和感 ~ 精神科病院での実習

私は福祉の仕事に就くために、福祉系の学校に進学し、そこで実習先に精神病院を選んだことから、今の仕事とつながっていくことになりました。

その精神科病院での実習は女性の半開放病棟で行なうことになりました。
学生実習なので、当然夕方には終了するのですが、半開放病棟を出て、事故も無く終えたことにホッとした瞬間、背後でガチャンと重い扉と鍵のしまる音にドキッとしたことは今でも鮮明に覚えています。

また、病棟では、看護婦長が入院患者さんたちを対象に料理教室を開いていました。
看護婦長は一人で手早く料理を進めて、患者さんたちは手持ちぶさたです。
料理教室なのに、なぜ患者さん達に料理をさせないのかを聞いた時に、「この人たちは普段から『ああしろこうしろ』と言われているので、この時間くらいは、何もしないでいいようにです」と返ってきた答えに、なんか変、それはおかしいという違和感が心に芽生えました。

また、同じ看護婦長から、「この人たちはもう退院できるはずなのに、家族が受け入れを拒否しているから、ここにいるしかない」という事も聞きました。
自分の中のちっちゃな正義感みたいなものがうずいた大きな体験でした。

学生実習では色々な感情に揺り動かされました。そしてこの空間がもたらす違和感のようなものが私の心に、こびり付いたような、そんな感情も生まれました。

棕櫚亭との出会い

卒業後は、精神に携わる仕事に就きたいと精神科病院の就職を希望し、門をたたいたものの、残念ながら機会は得られませんでした。一方地域に目を向けた時、当時はまだ精神衛生法の時代、作業所といわれる施設はほんの一握りでした。

学校を卒業してから更に10年、時代は衛生法から精神保健法に変わっていた頃、棕櫚亭の求人情報と出会いました。応募の電話を入れたところ、「まずは棕櫚亭Ⅰ(国立市・谷保)に来てメンバーと一緒に作業実習をやってみて」と言われ、尋ねたところは、古い一軒家の広い民家でした。

ウエス(雑巾)作りや昼食作りのグループに別れて、にぎやかに作業をしていて、代わる代わるメンバーさんが私に話しかけてきてくれました。主に、年上の穏やかな男性メンバーさんが、この棕櫚亭の説明をしてくれました(後にこのメンバーさんはSSクラブ [生活就労支援部 1] のリーダー役になる方でした)。この日、あんまり職員の方とは話した記憶はありません(笑)。作業所は学生時代に実習をした精神科デイケアの雰囲気より、もっともっとフランクな雰囲気でした。この作業所の中では自分の中に芽生えた違和感が少しずつ払拭されていく感じがしました。

作業実習後の二次面接の日程は、「追って連絡する」と言われていました。ところが、私は自分の履歴書を渡し忘れたまま帰ってきていました。そのうえ、渡し忘れていることさえも忘れていたのです。その後、奇跡的に前理事長の天野さんが、住所も電話番号も判からない私を探しあててくれたのです。そんな間抜けなことをする人間によく働く機会をいただけたと思いましたが、反面「これは天命かもしれない(笑)」というくらいに感動しました。そして、今もこの棕櫚亭で働いています。

※1…SSクラブでは先駆的に「精神障害者の生活と就労を考えるプログラム」を提供していました

「どんな仕事をしたいのか?」自己に向き合う

二次面接を経て無事採用後、「喰えて、稼げて、寛げて」をコンセプトにしていた棕櫚亭Ⅱ(だいに・当時立川にあった作業所)に配属されました。再開発され始めたばかりのファーレ立川の近くにある手狭のアパートの一室。タバコ部屋もあって茶色い壁とタバコの臭いを思い出すと今も鼻がむずかゆくなります。この棕櫚亭Ⅱは開所当初から「働いて稼ぐ」ことを目的にした作業所でした。精神障害者が社会で働くなんて一般には想像できない、この時代に、棕櫚亭ではすでに打ちっぱなしのゴルフ練習場の早朝の集球作業をメンバー数人で取り組むグループ就労が行われていました。

20181205130125ほとんどが私より年上の男性メンバーさん方で、喧嘩もあれば、ちょっと女性が聞き辛い話(今で言うセクハラ 話?)もありました。働くことを目指すといっても、作業が終わるとマージャンを毎日のようにやっていました(近所のおじさんたちの集まるサロン!?)。でも、麻雀牌を捨てながら、誰かが「家族とうまくいっていない、そもそも自分の病気のせいで、家族に大変な思いをさせてしまった、だからいま寂しくても仕方がない」なんて話し出すと、そうだよな…… Aさんは大変だよなぁと相槌を打ちながら聞いてあげています。
当時の作業所には面談室もなく、職員とメンバーとの相談はリビングです。聞くともなく他のメンバーさんも相談話しが耳に入ってきたり……。メンバーにとって、自分の家のように思える場所を、スタッフと一緒に作っていたように思います。

その中で、私もまた彼らとの向き合い方を考え始めるのですが、「職員の役割は何なのか? 」「メンバーと私が違うのは、車の運転をする事と作業所の会計の仕事をする事だけなのか?」……。
なぜ仕事として彼らに関わりたいと思ったのか悩み始めることになりました。

それからまもなく、時代は精神保健福祉法となり、精神障害者保健福祉手帳制度が創設されました。作業所では、メンバーさんを集め、手帳に関する勉強会などが始められました。
そして、棕櫚亭にはSSクラブ(生活就労支援部)が作られました。
SSクラブは、仕事やピアカウンセリング(当事者同士によるカウンセリング)について学んだり、「働くこととは自分達にとってどのような意味があるのか」などのディスカッションしたり、活気のある場でした。
ある時、メンバーさんに限らず、職員も「自分はどんな支援がしたいのか?なぜそう思うのか?」というテーマで一人一人プレゼンをする機会がありました。
その場で、私はうまく話すことができませんでした。改めて自分の考えをきちんと話せない自分にとてつもなく落ち込んだのを覚えています。
むしろ、メンバーさん達の頑張りを見れば見るほど、またもや自分の役割や何をするべきなのか、自分の生き方は何だろう。私は、何をしたいのだろうと。自己と向き合うことが益々多くなりました。よもや30歳を過ぎてこんなに迷うとは思っていませんでした。
また、ある日、先輩職員から「勤務時間でない時間でもメンバーとどう関わっていけるかが大事」というアドバイスをもらいました。とても大切なメッセージをもらったと思っています。

棕櫚亭の作業所を象徴するword

時代は自立支援法、障害者総合福祉法と移り、こなさなければいけない業務量も事務量も増え、メンバーとの関わりの時間もタイトになってきました。例えば私の関わる就労支援では、企業の参入など目まぐるしい動きの中で、福祉がサービス化されていく流れがあります。時代の流れの中でものごとを見失いそうになるときもあったりします。そして、難しくなってきた支援自体に行き詰ることもあります。
その中でも、私を受け入れてくれるメンバーやスタッフの懐の深さに救われながら、仕事を続けられています。私も気がつけば棕櫚亭のキャリアも長いほうの部類に入ってきました。たくさん語りたいことはありますが、紙面の関係もあり書き尽くすことができません。従って私が考える、棕櫚亭を象徴するKeywordをお伝えしたいと思います。このwordは今もこの棕櫚亭に息づいていると思います。

私なりに受け取ったそのwordの意味が、作業所から始まる棕櫚亭の理念につながっているのだと思います。それを紹介して私の文章の締めとさせていただきます。

「就労」とは…自己実現の機会を作ること。
「ピア」「生活」とは…一人にしない。支えあうこと。

メンバー一人ひとりに丁寧に関わっていくことなど創設当初から変わらず、いまも引き継がれている棕櫚亭の大切な骨組みです。

そうそう、それから

「食事」もでした。
当初から、皆でご飯を作って一緒に食べることにこだわって、今でも続けている大切なプログラムです。
同じ釜の飯を食うのも、実は一番大切なことのひとつなのかもしれませんね。

 

当事者スタッフ櫻井さんのコメント

森園さんのキーワード4つが息づいている棕櫚亭という法人が法律の改正とともに歩んできた姿が、手に取るようにわかる文章でした。現在法人のベテランに属する森園さんが、履歴書を出し忘れ、そのこと自体忘れたのに、天野理事長はどうやって探しあてたのだろうそんな疑問もわいてきます。昔のメンバーさんが自分の家のように感じて居場所にしていた棕櫚亭も、多くの人が行き交い、自身を社会へ飛び出させていった場所を今、訪れてみれば隔世の感もあるかと思います。でもその時代一緒に生きたスタッフは健在で、あの頃に話の華を咲かせることができるのも棕櫚亭の良さかと思います。あの頃指導していただいたメンバーの皆様も時々遠い日を目を細めながら思いおこしながら、今を生きている。そのようなメンバーさんの集まりが30周年の記念行事であり、再会し、ピアスで語りあった日々であることを考えると、歴史の重さを感じざるを得ません。この「30年にわたる思い」は今に至るまでずーっと脈々と生き続けています。ひしひしと感じながら今回読ませていただきました。

編集: 多摩棕櫚亭協会 「ある風景」 企画委員会

もくじ


特集/連載 Part ❺『ある風景 〜共同作業所〈棕櫚亭〉を、私たちが総括する。』 “悩みが許された時間と空間がそこにはあった”

法人本部 2018/11/16

ある風景 ~共同作業所棕櫚亭を、私たちが総括する。

悩みが許された時間と空間がそこにはあった

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会
ピアス 副施設長 吉本 佳弘
(精神保健福祉士)
私が過ごした作業所の風景

当時の棕櫚亭Ⅰ(だいいち)作業所は、公園清掃や昼食作りなどの作業とスポーツやウォーキングなどのレクリエーションが中心だった。30代から40代の元気な男性を中心にグループに力があり、勢いがあった。

ちょうどその頃、障害福祉分野の大きな転換点となる時期だった。『措置から契約へ』。他障害の分野では支援費制度が始まっており、精神障害者は支援費制度の枠からは外れたが、今までの医療モデルの考え方から、生活者モデルへの転換をどのように行なうかという時代だった。

施設長(当時)の満窪順子さんが、『棕櫚亭Ⅰがどうなりたいか』を職員だけでなく、参加するメンバーに声をかけ一緒に納涼会02考えようと、障害福祉関連のニュースや、文献をミーティングなどで紹介してくれていた。

その中に『クラブハウスモデル』があった。

クラブハウスモデルは1940年代にアメリカ・ニューヨークではじまった。デイプログラムというクラブハウスを運営していく『仕事』を、メンバーとスタッフが共同し行なっていくというものだ。従来の施設のように授産事業を行い、福祉的な就労の機会を提供するのではなく、『仕事』を行うことを通じ自助を育み、相互支援を行うことで自信を回復していくことを目的にしている。その活動は世界的に広まり、日本でも活動が行われている。

つまり、クラブハウスの活動は、単に作業を行うのではなく、自分達で作業所を運営し、自分の活動を発信する。価値ある仕事を誰もが担い、元気や自信を取り戻す。地域に閉ざされた楽園を作るのではなく、安心できる港を手に入れ、それぞれが船を出す。棕櫚亭Ⅰをそんな場所にしていきたいと皆の気持ちが固まっていくことになるのである。

棕櫚亭との偶然の出会い

そもそも、私は福祉職を希望していたわけではなかった。大学には行っていたものの、あまり勉強に集中していなく、モラトリアムを満喫していた。たまたま友人が社会学の単位取得のためにボランティア活動をしていて、立川社会福祉協議会に登録をしていた。大学2年の時に、その友人から外国人の健康診断を目的にした地域のお祭りがあるからと言われて、思いがけず手伝うことになった。思えばそこが福祉との接点だった。

近隣の学生や社会人が集められ、お祭りを賑やかなものにするために出店するというものだった。「何かを企画し、誰かと共同して作業する、お客さんに喜んでもらう」そんな共同作業はとても新鮮で楽しく、その後も何年かそのお祭りに参加している。そんなひょんな事から始まったボランティア活動であったが、いつの間にかお祭りの他にも身体障害者の介助や外国人の為の日本語教室のキッズルームで子守をするなどを始めてしまっていた。

大学4年の時に就職活動を早々に諦めて、バイトでもして暮らすかなと考えていたところに、立川社協の職員から『人と接して働くのが好きでしょ?』と言われ棕櫚亭の非常勤に応募してみないかとの誘いを受けた。元々人と接するのに緊張感を感じ、うまく馴染めないなとも感じていたのでその言葉を聞いた時にとても意外でビックリしたのを覚えている。

まぁ、それでも食っていかなくてはいけないのでとりあえず面接を受けてみることにした。面接は当時の理事長石川先生と天野さんだった。何を話したのかは覚えていないが、非常勤での採用が決まり、福祉の道に踏み出すことになったのだ。

職員としての思い、そして揺らぎ

棕櫚亭Ⅰ作業所に配属され、公園清掃や昼食作りをメンバーと一緒におこなっていたのだが、毎日が驚きの連続だった。私自身、それまでの人生で精神障害のある人たちとの接点がなく、福祉系の大学でもなかったので、今思い返すと恥ずかしながら精神障害と知的障害が何がどう違っているのかも全く知らず入職したのだ。

そのような状況の私が、「皇族の関係者ですよね?」とメンバーに言われたことは忘れられない経験の一つだ。

しかし、メンバーと作業を共にし濃密なかかわりの中で、一人一人の魅力的な部分に触れることになる。

料理が得意な人がいたり、笑顔がとても素敵な人もいた。棕櫚亭Ⅰはそんな彼らによって毎日が明るく盛り上がり、エネルギーが生み出されるそんな場所だった。ゆったりとふくよかな空間だったと今も心から思える。

ただ若かったあの日、ふとその一日を振り返った時に、なぜこんなに素敵な人たちが社会に出ることができず、社会の中では自信なげにすごさなくてはいけないのかという思いもわき、こころがかき乱されるようなこともあった。どういうわけだか気持ちがあせることもあったと思う。健康を疑わなかった自分のどこかに揺らぎをいつの間にか抱えているような気がした。

Aさんとの出会い

棕櫚亭Ⅰには、30代の男性で、Aさんという人がいた。棕櫚亭Ⅰのことを思い出すと彼の事が真っ先に浮かぶ。作業を一緒におこなったりすることも多く、同じ喫煙者という事で、灰皿の前で身の上話やバカ話をすることが多かった。

彼は棕櫚亭Ⅰのエネルギーの中心になっていた一人だった。

彼は周囲への気配りだけではなく、時におちゃらけムードを作ったりもできる人で、他の利用者も彼には一目置いていた。私は、そんな彼にとても魅力的に感じ、職員として何ができるんだろう、何かできないかと考えることが多かった。ミーティングなどでは必ず彼に話を振ったり、時に頼るようなこともしたと思う。そうすることが彼の発揮できる場所を作ることにもなるんだと心から思っていた。

しかし、それは勘違いだったのだと思う。彼はある時期から作業所に通所できなくなった。私は状況を理解できず、困惑した。『なぜこれなくなったのだろう?』

後に、私が良かれと思って親しく接したことや頼るようなことが、Aさんにとって、彼の兄弟関係を彷彿とさせるものだったと他の職員に聞かされた。自分の思いが彼にはとても負担だったようだ。

その後、私とは距離を置くことで、彼は徐々に復帰することができるようになった。理屈では負担だったことが理解できても、私はその後悶々とした時間を過ごすことになる。

時は過ぎ、少しほとぼりが冷めた頃だったと思う。多摩総合精神保健福祉センターで行われる『ピアカウンセリング』の研修があることをたまたま耳にしたAさんが、参加を希望したと聞いた。この研修は職員と一緒に参加することが条件となっていた。なぜだか、Aさんは私と一緒に参加したいと申し出てくれたのだ。このことをきっかけに徐々に彼とのやり取りが増えていったことのうれしさはあったのだが、しかし依然として職員としての距離や関わりというものにもやもやとした感情があったのも事実だ。

作業所のありようを皆で考える

その研修後、JHC板橋会の「クラブハウス」研修をAさんと一緒に受け、棕櫚亭Ⅰに持ち帰った。皆の関心も高く、私たちもよりクラブハウスについて知りたいということで、小平市にある「クラブハウスはばたき」で3日間の実習をすることになった。

「クラブハウスはばたき」では利用者が積極的に事業所の運営にかかわっていた。職員室などの職員専用のスペースは存在せず、誰でも自分の行きたいところに行くことができる。職員会議などはなく、運営について話し合う時間は誰もが参加でき強制されない。さらに、自分たちの活動を広報誌にまとめ、世界に発信していた。過渡的雇用(クラブハウスと企業が契約し、利用者が労働する)というクラブハウスから社会復帰へのきっかけがあり、安心感を持ちつつ就労にチャレンジしていた。

その時の私はクラブハウスを理解をするので精一杯だった。しかしAさんは職員と利用者の関係性など(クラブハウスモデルでは利用者と職員はパートナーシップといい、運営する上では協働する関係となっている)を利用者に質問をし、クラブハウスモデルがどんなものなのかをどんどん吸収していた。彼の姿勢に圧倒されっぱなしだった。

実習後、メンバーとクラブハウスに関するミーティングを行った。全員が、一致してクラブハウスを目指そうとなったわけではなかった。そこまで考えられないという人もいたし、そもそもそんな責任のあることは出来ないという人もいたように思う。

話し合いの結果、次のようなルールを皆で取り決めた。「作業以外にも工賃の計算や、実習生のふりかえり、利用希望者への説明、事業計画や総括、とにかく一緒に行うこと」「職員だけでの会議は持たない」「パートナーシップという関係を結ぶ」「みんなの事はみんなで考え、みんなで分担する」「クラブハウスの考えをすべて実現することはできないもののまずは自分達で出来る事を増やしていく」 メンバーの皆さんは誠実だったと思う。一方、できないこと、受け入れられないメンバーの気もちや姿勢を受け止める器が、作業所にはあった。

このような喧々諤々意見を交わしているうちに、一人一人の意識が変わっていくのがよく分かった。勿論、私自身もである。時に睡眠不足で身の入らない学生実習生に「誰か相談できる人はいないか?」と親身になったり、今まで、人の前に出る事が苦手な人がすすんでミーティングの司会をかってでくれるようになったり、引きこもりがちになっているメンバーを迎えに行き作業所まで同行する人がいたり、『GM(グループミーティング)』では幻聴で困っているBさんのためにみんなでその対策を考えたりと。人によってそれぞれだが、少しずつ少しずつ皆がすすんで行動する事が増えた。お互い思いやり、尊重される場があることで、安心してチャレンジすることができたように思う。自分のことだけを考えるのではなく、『みんなでみんなの事を』考えることが増えていった。何事も話し合いという労力と時間をかけながら。

あの時、そして今も思うこと

最後に平成17年度当時の活動報告会で、棕櫚亭Ⅰが年度の活動目標として掲げた言葉をお伝えしたい。

『棕櫚亭Ⅰで活動する私たちは人との触れ合いを、支えあいを大切にしたい、作業所の運営など意味ある役割を通じて、責任感や達成感を持ちたい。病気があっても一人の人間としていろいろな経験をして、より豊かな人生を送りたい…と願っています』

私は思いもかけず、この精神保健福祉の業界に飛び込んできて、今も色々な思いを抱えながら仕事をしている。自分の支援が正しいのか? 間違っていたのか? 悩むこともある。それは、今も昔も変わらないし、これからも揺らぎは続くであろう。ただ、この頃に棕櫚亭Ⅰの活動の中で考えたことは、悩み続けること、揺らぎこそ大切なことなのだということ。だから、Aさんとのことも私の気持ちの中では簡単に解決してはいけないことだったのだと思う。むしろ揺らぎの中で自分や自分達のことを深く考え、他者に思いを馳せ、そして何よりも、対話の中で相互理解しようとする姿勢が大切なのだと気付かされた。「パートナーシップ」という考えの基に。

作業所で「パートナーシップ」という対人支援の基本を体感できたこと、そしてそこで起こる葛藤が許された時間のながれと空間。これが、今も精神保健に携わる私にとって大切な宝物だと思う。

 

当事者スタッフ櫻井さんのコメント

吉本さんがボランティアから福祉業界に入ったのもこういうきっかけだったのかとわかりました。今、棕櫚亭の若手管理職として大切な仕事を担われている吉本さんにも若いころメンバーと語り、悩んだ日々があったことに、とても親近感を覚えます。メンバーもまたクラブハウスモデルの中で同じように役割を担い、変わっていったのかもしれないとも思えます。クラブハウスモデルは現在の棕櫚亭Ⅰに引き継がれていますが、初期の頃いろいろ試行錯誤した吉本さんの苦労が根をはっているように思います。この仕事に魅力を感じている他のスタッフも、メンバーさん達に育てていだだいたのだと思います。棕櫚亭Ⅰを皆でつくりあげた当時の思いをこれからも大切にしていきたいと深い思いに至りました。

編集: 多摩棕櫚亭協会 「ある風景」 企画委員会

もくじ


なびぃ通信12~1月号をお届けします

なびぃ 2018/12/11

なびぃ通信12~1月号

12月も半ばを過ぎてやっと冬らしい陽気になってきました。夏が暑い年は冬が寒い、なんていう話しも聞きます(事実かは知りませんが・・・)。今年の冬は寒さが厳しくなるのでしょうか?

さて、今回のなびぃ通信は年末年始のお休みを含めた12月~1月の予定を掲載しておりますのでご確認ください。

また、特集は「福祉サービスの利用について」です。実際に最近、申請手続きや利用された方の体験談も交えた分かりやすい内容になっていますので、これから利用しようかなと思っている方、今まで手続きしたことないなという方のご参考になれば幸いです。

日に日に寒さが増しています。みなさまくれぐれもお体大切にお過ごしください。

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愛知県豊川市に事業所見学と講演の出張に行ってきました

法人本部 2018/12/06

今回は5年ほど前からお付き合いのある社会福祉法人 若竹壮 あけぼの作業所の職員である柴田さんから講演の講師をご依頼いただきました。

内容としては、「自立訓練と就労移行支援の活用の仕方」と「定着率をあげるための支援・関わり方」についてでした。実はものすごいプレッシャーでした(汗)

21日(水)は豊川市内にある障害者施設を見学させていただき、22日(木)が緊張の本番でした!

事業所見学は驚きの連続!そこから感じた地域としての課題

最初に、自立支援協議会を見学させていただきました。豊川市の人口は18万人ということで、ほぼ立川市と同じ人口ですが、精神障害のある方達の社会人資源の少なさに正直、驚きを隠せませんでした。具体的な社会資源は、豊川市全体としての就労移行支援事業所は4ヶ所、そのうち精神障害者に特化した就労移行支援事業所は1ヶ所。地域活動支援センターに関しては、日中活動の場として活用できるのは1ヶ所ということでした。このことについては、豊川市で支援している皆さんも「なんとかしたい!」という気持ちで考えていて、「精神障害の方達が地域で安心して、働いて暮らせる社会」を目指して支援者の熱さも感じることが出来ました。
熱量が同じ仲間同士、事業所間の垣根を超えて、障害者雇用などを地域に発信していく意見交換が活発に行われていました。「就労部会が1番活発なんです」と話されていた、皆さんの表情がとても素敵で、国立はまだまだだな…とも感じた瞬間でした。また、とてつもない忙しさの中で、週1回の頻度で就労部会を開いていると聞き、小声で「すごい…」とつぶやいてしまいました。

いざ、豊川市の事業所に見学へ!

1ヶ所目は社会福祉法人 若竹荘 あけぼの作業所です。こちらの事業所は知的障害の方達を対象にしています。見学風景1

多機能型で、就労移行支援と生活介護事業です。就労移行支援に登録されている方達は、社会福祉協議会の建物内で、清掃訓練をしているとの事で、そちらを見学させていただくことが出来ました。
最初に感じたのは、全ての業務に対して、マニュアルが整備されており、どの利用者へも対応ができると同時に、職員側の指導の標準化が出来ていることに感心しました。
職員の定盛さんは「いい所をみつける、そして、伸ばす」の言葉はとても印象的で、ご本人の目標設定や職員が気づいたことなど、振り返りシートを活用しながら、関わっていました。

訓練をしているとついつい重箱の隅をつつくような対応になりがちな中で、「今、訓練でやる目標と課題」を3人の職員で共有するシステムが参考になりました!2

余談ですが、3人の職員での役割分担を決めていて、厳しめ、お兄さん的、お母さん的な職員として、対応しているとの事でした。そして、就職が決まった方達は笑顔の写真入りで、勤務条件や就職までの利用期間などを廊下に貼り出している工夫もされていました。利用者の方達のモチベーションになる工夫もされていました。

生活介護事業の見学もさせていただきました。3パンや某大手自動車会社の拭きあげで使用するタオルの製造に従事されていました。

とにかく質の高い製品が出来上がっており、法人の稼ぎ頭という説明にも納得できました。

生活介護の方達なので、働くことが目的ではない方達も大勢いらっしゃいました。4

働くことが全てではないため、お一人お一人ができることで、とても笑顔で過ごされていたのもとても印象的でした。

 

 

2ヶ所目は有限会社 ウィングです。5こちらは就労移行支援事業所と就労継続A型とB型の多機能型で、3障害を対象としています。こちらの事業所は、今夏にピアスの見学にいらしてくださりました。有限会社が立ち上げたものだけあって、本当に職場!でした。
就労移行支援の訓練では、中古品のインターネット販売を取り扱っており、出品から発送までを利用者の方が対応しているとの事でした。
6 また、就労移行支援に登録している方達には、ビジネスマナーやコミニュケーションについての座学なども行っているとことでした。
就労継続B型でも内職作業や農作業などを中心に行っているそうです。地域の特性もあり、農作物の袋詰めや車の部品組み立てなど、幅広く行っていることが特徴でした。

 

さらに、地域活動支援センターの見学にも行かせていただきました。豊川市の相談支援事業所が16ヶ所あるのに対し、精神障害者の方が日中利用できる地域活動支援センターは1ヶ所とのことでした。

1ヶ所に集中してしまっているため、利用定員の20人の方達がほぼ毎日通所されているそうです。プログラムも試行錯誤しながら、マジシャンを呼んだり歌を歌ったり、外出プログラムを取り入れたり・・・。本当に一生懸命に「精神障害者の方達が外に一歩出てみる」「日中に安心して通える場所」を目指した取り組みをされていました。

こういった地域活動支援センターが1つでも多く増えて欲しいと強く感じました。 (さらに…)

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12月の予定表をおしらせします

棕櫚亭Ⅰ 2018/12/05

11月は市民祭で大盛り上がりだった棕櫚亭Ⅰですが、12月もイベントが盛りだくさんです(^^)/

12/5日(水)には食生活について栄養士さんからお話を聞くLifeプログラム、12/21日(金)は忘年会、12/25日(火)は昭和記念公園のイルミネーション見学をします!
今年の忘年会は棕櫚亭Ⅰの中で行います。余興が楽しみです。

 

また、12/29(土)~1/6(日)まで冬休みのため閉所になります。

年明けには毎年恒例の初詣や初釜も行う予定です(*^_^*)

12月の予定をはこちら→12月月間予定表

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SSKP はれのちくもり 別冊ピアス通信30号発行しました

ピアス 2018/12/03

SSKP はれのちくもり 別冊ピアス通信30号発行しました。

ピアス通信30号

今号の内容は・・・

  • ピアス企業実習についての概要
  • 企業実習担当職員 増田さん インタビュー
  • 「企業実習」に関するメンバーアンケート
  • お知らせ(定着支援事業について)

などとなっています。ぜひ、ご覧ください。

【ご報告】第2回精神障害者就労定着支援連絡会を開催しました

オープナー 2018/11/28

今年度、オープナーでは東京都福祉保健局による「精神障害者就労定着支援連絡会」を事業受託しています。年4回の予定となりますが、そのご紹介をさせて頂きます。

第2回は“「発達障害とは何か」~企業における就労・定着支援の現状と課題~”と題し、約130名の方にご参加いただきました。

精神障害者雇用の定着の現状は、課題は山積しています。ハローワークからの就職を追った調査でも、1年定着率は49.3%にとどまっていること等が報告されています。「長く安定して働き続けられる」ことについて、働く当事者本人、企業、支援機関が連携していく事は欠かせません。

その中でもオープナーでは、雇用の入り口である採用面接に着目しました。私達は日々の支援の中で職業準備の整った障害者が多く採用されていないことを実感しており、戦力となる障害者がひとりでも多く採用されることを願い、企業の一助となるよう「精神障害者就労定着支援連絡会」事業をすすめていきます。

まず、東京都福祉保健局 障害者施策推進部 就労支援担当課 栁沼恵美課長より、精神障害者就労定着支援連絡会事業についてご説明をいただき開会となりました。

次に、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 研究企画部 障害者支援部門研究員 知名青子氏より「発達障害とは何か~企業における就労・定着支援の現状と課題~」と題してご講演頂きました。

はじめに、“そもそも発達障害とはどういったものなのか”を概念、制度、定義、診断項目等からご説明頂き、とても幅のある障害像なのだということを再確認しました。近年よく使われるようになった「自閉症スペクトラム障害(ASD)」とはどういったものなのかや、発達障害と手帳取得との関連についても教えて頂きました。

次に発達障害をお持ちの方が職業生活で困難さを抱えやすくなる要因を教育の面からとらえ、改めて、大人になってからの職業選択時だけではなく、学生時代からの特性理解の重要性や、それをふまえた職業生活の重要性を知りました。

また「職場における配慮の視点」も紹介して頂き、「職場のルールの指導について」等実際に起こり得る場面を想定しながら、社内だけで対応できるのか、どこからは外部の支援者と対応するのか、どのように指導・介入するか等のレクチャーがありました。

障害者職業総合センターによる研究からは、「採用時に求める“企業が求める能力”」について取り上げられていました。企業規模や段階によってかなり隔たりがあり、小規模の企業ではコミュニケーション能力よりも基礎能力を重視していることがわかりました。また、よく当事者本人は「なにか資格をもっている方が採用時優位になるのでは」と考えますが、採用する側にとってはどの企業規模でもそれ程重視されておらず、志望者と採用側に認識のズレがあることがわかりました。

 

ご参加の皆様からは「発達障害の方の混乱の原因等、障害特性と対策について理解を深めることが出来た」「資料に具体的な能力の掴み方がのっており参考になった」との感想をいただきました。障害者雇用がすすんでいく中、それぞれの現場ではさらに発達障害をお持ちの方と出会う事はさらに増えていく事と思います。

私は発達障害についての研修は何度か出させて頂いていますが、まだまだ障害の定義や障害の捉え方が定まらず変わっていく障害でもあり、ずっと学習し続ける必要があるなと感じました。さらに教育場面、特に学生時代から職業選択について考えるきっかけを作っていく必要性について新たな視点を得ることが出来ました。

ご参加いただいた企業・支援機関の皆様、ありがとうございました。

(高橋智子)

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ピアスも市民祭に参加しました

ピアス 2018/11/16

11/4に行われたくにたち秋の市民まつりに、ピアスも参加してきました。

去年はピアスとしてホットドックの出店をしましたが、今年は棕櫚亭Ⅰと合同で、ポップコーンを販売しました。

 

棕櫚亭は、地域貢献として地域のイベントや活動に参加しています。その一環として、毎年市民まつりに出店し、地域の方に棕櫚亭を知ってもらえるよう活動しています。

普段、ピアスでは就労に向けた訓練をしていますが、時にはこのように、地域の中にメンバーが出ていく機会を大切にしています。また、棕櫚亭Iやなびぃのメンバー・職員と一緒に活動することで、棕櫚亭グループの一員であることを意識することも大事にしていきたいと思っています。

 

~準備&当日の様子~

ピアスメンバー&職員にとってポップコーン作りは初めてだったので、事前に何度か棕櫚亭Ⅰに練習に行きました。

また、ポップコーンを入れる紙コップは、ピアスの生活訓練で行っている軽作業の時間で、皆さんにデコレーションしてもらいました。色とりどりのシールや手書きイラストを使用し、一つとして同じものがないオリジナルで賑やかなカップが、お客さんの手元に旅立っていきました。

当日は鍋でのポップコーン作りや販売(じゃんけんも!)、呼び込み等を、分担して行いました。ポップコーン作りの練習をしていなかった方もすぐにコツをつかみ、次のシフトの人に技を伝授していったお蔭で、焦げることもなく上手に作れました。

参加したピアスメンバーの声をいくつかご紹介します。

  • 棕櫚亭みんなで一緒のことをやれて、地域に貢献できてよかったです。普段関わることの少ない棕櫚亭Iの人と、触れ合える良い機会になりましたし、地域の方と触れ合うのも普段あまりないことなので良かったです。何より楽しかった!
  • 緊張しながらも、うまくできたかなと思います。棕櫚亭Iで練習もできて、楽しく学ぶことができました。ありがとうございました。また普通に売るだけではなくて、じゃんけんをするなどの工夫もありました。
  • お客さんがたくさん来てくれてよかった。また、普段会えないピアス・棕櫚亭I卒業生の方にも会えてよかったです。
  • ポップコーン作りが楽しかった。子どもが、じゃんけんやおまけで楽しそうな様子を見れて、嬉しかったです。
  • 作る練習をしていませんでしたが、当日うまくできてよかったです。たくさん売れてよかったと思います。
  • ポップコーン作りは忙しくて大変でしたが、途中から楽しくなり頑張れました。じゃんけんをするのは緊張しましたが、子供に喜んでもらえてよかったです。みんなと一緒にやれて、一体感を感じることができてよかったです。
  • ポップコーン作りの工程が本格的でびっくりしました。Iで練習した後、作ったものをたくさん食べられてよかったです(ピアスに持って帰ってみんなで分けました!)。また、売り子としておまけのジャンケン担当をしましたが、最初は本気で勝ちに行ってしまい、女の子にドン引きされました・・・。
  • 紙カップを、丸いシールを使ってデザインするのが楽しかったです。

 

ピアスからは職員が2名参加しましたが、ピアスにいる時とは違ったメンバー(&職員)の顔を知ることができ、貴重な時間でした。今後も棕櫚亭法人内での横のつながりや、地域との関わりを引き続き大切にしていきたいと思います。

参加されたみなさん、お疲れ様でした。そして、お店に顔を出してくれたメンバーや卒業生、関係者の皆さん、ありがとうございました!!

【報告】ピアス家族説明会を行いました

ピアス 2018/11/16

10月24日(水)に、平成30年度 第2回目のピアス家族説明会を行いました。

 

ピアスには、年間を通して次々と新しい利用者が入所されますので、年に数回、定期的に、利用者のご家族に向けて、ピアスの説明会を行っています。ご説明や見学を通してピアスのことを知って頂くと共に、ご家族同士及び職員との交流の場となる懇談会も行っています。

今年6月の第1回家族説明会では、ピアスの説明および懇談会を行いました。今回の第2回目は、ピアスについての説明に加えて、なびぃ職員の奥迫より、地域生活を送るうえで活用できる地域資源(制度など)について、お話させて頂きました。

かいつまんでではありますが、手帳や年金に始まり、金銭面や住まい、食事、地域の通所先や相談先などについて、家族と暮らしながら利用できるものから、一人暮らしを考える際によく活用されるものまで、ご紹介いたしました。ご家族の方はすでにご存じの内容もあったかもしれませんが、皆様お帰りの際には、ご自分たちが歳を重ねていった時のご本人のことを口にされる方が多く、どのご家庭でも関心の高いテーマなのだと実感いたしました。今日では様々なサービスが地域にありますが、今回このようになびぃよりご紹介でき、とてもよかったのではと感じております。少しでもご家族の皆様のご参考になれば幸いでございます。

 

この度は平日午後ではありましたが、12家族、合計16名の方々にご参加頂きました。お忙しい中いらしてくださった皆様、ありがとうございました。

次回は年明け頃に開催したいと考えています。詳細が決まりましたら随時お知らせいたしますので、どうぞよろしくお願い致します。

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(ピアス 尾崎)

 

アルジャジーラがやってきた!~放映編~

法人本部 2018/11/13

無2題

10月のお知らせで、省庁の障害者水増し雇用問題について、中東カタールに本拠地を持つアルジャジーラが取材に来たことをお伝えしました。
そして、今回はその第二弾。
今月9日にその模様が放映された事をお伝えいたします。

今回、棕櫚亭では水増し問題の取材を受けましたが、取材全体のテーマは「Japan’s disability shame」直訳すれば、「日本の障害は恥」と言う、もっと大きく、もっとショッキングなもの。
取材前には、「日本は、2020年にオリ・パラピックを控えているが、来日していつも思うのは、外で障害者に出会わないと言うこと。海外(とりわけ欧米)では、もっと普通にダウン症の子供等に出会うのに…そんな疑問に端を発したのが今回の企画です。日本人の障害者観が浮き彫りになる様なものになればと思っています。」と、そんな説明を受けました。

取材先は棕櫚亭の他に、旧優生保護法の下、精神病者にさせられ、無理やり精神病院に入院、強制不妊手術を受けた男性の半生や、津久井やまゆり園で起きた障害者殺傷事件の犠牲となり、辛うじて生き残った被害者家族の今。さらにはパラリンピックを目指す青年アスリートなど、30分番組では収まらない内容ばかりものばかりでした。

9日当日、私もインターネットで番組を見ましたが、言い方は不謹慎かもしれませんが、水増し雇用も吹き飛ぶ、それ以前の日本ひいては日本人が、障害者の尊厳をどの様に捉えているのかを大きく問われる様な番組の仕上がりでした。しかし、その延長線上に今回の省庁の水増し問題が繋がっているのだという事も痛感せずにはいられない30分間でした。

最後にこんな事を思い出します。取材時、インタビュアーがこんな事を私に問いました。「日本人は全てに完璧を求めすぎるのでは?」と。それは何かに限定された質問と言うよりは、今回の取材で彼が感じた日本全体への率直な感想だったように私には思えました。
日本が世界に誇る「おもてなし」。しかしこれは、もしかしたら障害者はもちろん、日本人全体にある窮屈さを強要しながら成り立っているのかもしれません。

精神障害者の幸せ実現を掲げながら、その問の答えに窮した私も、その中にどっぷり浸かった一人なのかもしれない・・・・そんな事を、アルジャジーラはやって来て、私に気付かせてくれました。
とにもかくにも、貴重な体験となりました。

理事長 小林由美子

アルジャジーラ*オンライン記事はこちらから

*映像はこちらから(1:40~)

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