『卒業生インタビュー3』青木さん(シダックスオフィスパートナー株式会社)

法人本部 2018/06/15

卒業生インタビュー 3

今回はピアスを卒業され、現在も継続しているお仕事をされている「青木さん」と会社の定着支援担当の「大野さん」へのインタビューを実施しました。

青木さんはどのようにピアスを利用され、それが今のお仕事にどうつながっているのでしょうか?

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アクセルを踏んでしまう自分に気付きました。

青木さんシダックスオフィスパートナー株式会社

勤務期間:5年6か月

以前はどんな仕事をされていましたか?

青木さん:製造業に従事しマシンオペレーターと生産スケジュールの管理、資材の発注等を業務としていました。会社からの更なる期待に応えようと仕事を家に持ち帰らないと落ち着かず、飲めないお酒を飲んで寝る生活の繰り返しでした。そうした生活を続けるうちにうつ病を発症、仕事のプレッシャーや上司や部下との人間関係で会社に行けなくなり休職、傷病手当が終了する平成21年に退職しました。

ピアスで学んだことはどんなことですか?

青木さん:私は仕事にのめり込みやすく、ついアクセルを踏みすぎて疲れてしまうことがわかりました。再発に繋がらないように、のめり込まない様にとトレーニングでコンコンと言われました。3か月のチャレンジ雇用で実践を学び身に付けました。昔のようではダメだと思いました。

ピアスのトレーニングの厳しさが今とても役に立っています。自分自身のコントロールやどうなったらマズイかがわかったり、新しい働き方を学びました。

障害者雇用を選んだ理由はありますか?

青木さん:就活当初はオープン、クローズはあまり意識していませんでした。しかし50歳を目前にしての就活は想像以上にきびしく、クローズでは殆ど求人がありませんでした。また、オープンで、障害者雇用で働くということが割りきれずにいました。

そのような時チャレンジ雇用で国立市役所に3ヶ月間お世話になりました。その時初めて障害者雇用とはこういうものなのかと実感し、こういう働き方もあることを教えてもらいました。このチャレンジ雇用がきっかけとなり障害者雇用での就職を選びました。

その後今の仕事にはどんな経緯で就職しましたか?

青木さん:シダックスオフィスパートナー(以下SOP)が出来た1年後に入社しました。オープナーからの紹介でした。運と縁を感じました。

現在のお仕事について教えて下さい。

青木さん:事務補助です。入社当時は受け身の仕事に物足りなさを感じることがあり、モチベーションが下がってしまうことがありました。しかしステップアップのためのピアサポートを実践し、トレーナーから正社員に登用されリーダーにキャリアアップしました。職務内容は他のスタッフへの仕事の割り振りや業務の進捗管理、業務全般についての指示や指導等を行っています。また実習生の実習前の面談、指導、振り返り面談を担当しています。

SOPの社風が私には合い、肩に力を入れ過ぎることなく業務に取り組めています。残業もありません。

最近苦労されていることはありますか?

青木さん:リーダーとしての同僚とのやりとりです。渡した仕事がうまくいかないことがあったり、コミュニケーションがスムーズにとれない時、何でわからないのかと思うことがあります。こういった状況は誰にとってもつらく、いいことがありません。そんな時には傾聴を心がけています。元々の自分は聞き続けることは苦手で、ついしゃべり過ぎて答えを誘導してしまう傾向にあります。なのでまずは相手に話をさせることを意識し、しゃべり終わるまでは相槌に留めるよう心がけています。

日々の生活やご家庭とのバランスで気をつけていることはありますか?

青木さん:妻からは「家と両立させてね」と言われています。その言葉が結果として仕事でアクセルを踏もうとする自分へ、良い意味でブレーキになっています。また、再発した際リスタートのリハビリにも家事がバロメータになっています。

仕事を続けていくために努力していることはありますか?

青木さん:「毎日行くこと」です。出勤率は90%以上です。私はどちらかというと自分を追い込んでしまうので、いい意味で甘やかすことも必要と休むとそれが呼び水になってしまい、長期欠勤につながってしまうことが間々ありました。なので、「無理せず休む」から「とりあえず行こう」と考えを変えました。

調子がよくない時は音に敏感になります。上司と相談し耳栓を使用しています。こうしたささいな不調のサインを上司に相談することで、大きく体調を崩すことなく働き続けることができています。

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大切なことは「セルフケア」「セルフコントロール」をご自身で実践することです。

大野さん(シダックスオフィスパートナー株式会社)

青木さんの印象を教えてください。

大野さん:明るく、仕事や人付き合いに対してまじめで、一生懸命な方です。周りの方には父親的存在で、愛情持ってリーダーとしての務めをされています。また、ご自身の障がいと向き合って入社時から徐々に体調を崩すことが少なくなってきており、セルフケアができるようになっています。

会社で行っているサポートはありますか?

大野さんもともと努力家で仕事の能力をご自身で高めていこうとする方なので、業務の進め方はお任せし、こちらは進捗チェックやサポートにしています。

また、体調・メンタルを崩される「前」は行動や考え方に予兆が見られるので、こちらから「セルフケア・セルフコントロールの声かけ」、それでも難しい場合は「ストップをかけるよう」にしています。

特に生活面は支援機関とのつながりが大切なので、必ずご自身から支援機関につながるようにお伝えをしています。

精神障害者の定着について、会社としてのお考えはありますか?

大野さん≪不安感の軽減を図り、やりがいに配慮し、モチベーションの維持・向上を継続すると共に、キャリアアップの実現を目指す≫

当社ではこの考え方に基づいて運営しています。

また、当事者は職業準備性(働くにあたって仕事をするスキルや考え方)が整い、支援機関との連携に前向きでヒューマンスキル(主に対人関係構築スキル)の向上を意識できる人はより定着できるものと考えています。会社としましてもヒューマンスキルの向上を目指したグループワークを取り入れ、皆さんで意見交換しています。そこから社員間の相互理解につながりトラブル等発生しない要因になっています。(1回/月)

これから働きたい精神障害のある人たちへメッセージをお願いします。

大野さん:当たり前ですが、就労の大前提は「出勤率が高く、長く働けること」です。ただし、体調・メンタルは波もあります。大切なことは「セルフケア」「セルフコントロール」をご自身で実践することです。

しっかり「何故働きたいのか?」と毎回目標を見て、セルフケアを大事にすれば、きっと今後の就労に繋がります。また、「仕事が生活を支えている」と考えていただいたほうが、仕事に対する向き合い方がより真剣になれると考えています。

協力: シダックスオフィスパートナー株式会社
インタビュー: 2018年5月

もくじ

【求人情報】非常勤調理スタッフ募集しています

法人本部 2018/06/15

多摩棕櫚亭協会では、非常勤調理スタッフを募集しています。

詳しくは → ココ

又は、トップページ下の職員募集からご覧下さい。

不明な点やご質問がございましたら、下記までお気軽にお問い合わせ下さい。

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会(たましゅろっていきょうかい)法人本部  高橋・小林

042-575-5911 (9時~17時/土・日・祝祭日お休み)

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【ご参加下さい】棕櫚亭報告会&講演会 開催します

法人本部 2018/06/12

棕櫚亭報告会&講演会を行ないます。是非ご参加下さい。

【日 時】 2018 年6月23日(土)

第1部 12:30~13:30 多摩棕櫚亭協会活動報告会
第2部 14:00~16:00 講演会

【会 場】 多摩棕櫚亭協会 ピアス 〒186-0003 国立市富士見台1-17-4
【定 員】 70 名
【申込・お問い合わせ先】TEL/FAX 042-575-5911
(お問い合わせは「講演会担当」までお願いいたします。)

*定員になり次第締め切らせて頂きますので、何卒ご了承ください。

*お申込み後に変更がある場合は、事前にご連絡ください。

講演会:「3・11 福島の実情を知る~報道されない被災地の現状~」

今回の講演会は、福島県から東日本大震災を体験し、実際の支援活動にも携わったソーシャルワーカーお二人を講師にお迎えします。「あの時何が起こったのか?」「そして、今何が起こっているのか?」報道されない真の福島の姿を語って頂きながら、「私達は今、何をしなければならないのか?」を、改めて皆さんと考えられたらと思っております。この講演は、棕櫚亭が行う「社会福祉法人として地域・社会に何が出来るのか?」を考える取り組みの一つです。ぜひ、ご参加ください。

講師:高瀬 芳子氏(福島県大熊町出身 スクールソーシャルワーカー)
松本 喜一氏(福島県郡山市在住 福島県社会福祉士会事務局長・元青木病院看護師/PSW 東日本国際大学健康福祉学部教授)

PDF資料はこちら → 報告会&講演会チラシ

《最終回》 『往復書簡 1 – 櫻井博 と 荒木浩』 Part ⑯ “半年の往復書簡を振り返って 対談編”

法人本部 2018/05/31

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

往復書簡を終えるにあたって

半年にわたってお届けいたしました「往復書簡」も、今回の「対談編」でいったんの区切りをつけさせて頂く事になりました。お読みいただいた方、お声かけいただいた方、本当にうれしい気持ちで一杯です。あまりに多くの方が声をかけてくれるので恥ずかしさ半分の複雑な感情も私たちにはあります。

うしろ髪をひかれる思い(笑)で、今回の幕引きをしなければならないのですが、締めるにあたって二人で話したことを文字におこしてみました。「対談」とはいうもののこの先の文章は、ある意味、私たち二人のささやかな共同決意表明でもあります。ここまできたら、最後まで辛抱してお付き合いくださるとうれしいです。

このような時代、もっと考えていきたい! 発言していきたい!

今回、法人のホームページといういわば公の場での書簡となりましたが、あくまでも二人の個人的な意見なので、たくさんの「異論」はあったかと思います。それは、私たちのねらいでもありました。「異論を巻き起こす」つまり往復書簡を読んで心に引っかかりを感じたり、ちょっとした違和感を覚えたり、少しでも考えたりしていただければ嬉しいと二人で考えていました。

今の時代、つまり、テレビ、インターネット、SNSといった情報媒体が社会の中で猛威を振るってくると、「情報を知っている」ことこそが大きな価値であるという考えに、私たちは陥りがちです。更にその結果として、「考える」という意識が希薄になってくることも往々にしてあります。

例えば、最近話題のN大学のアメフト部の危険タックルの問題など、テレビでは連日連夜放送されています(もしかしたら、この記事をUPしたときには下火になっているのかもしれませんが)。繰り返し流される映像を見て、「知っているけれど、あれはひどい」「あれはスポーツではない」などの意見が出るでしょう。それは私たちも同じです。結果的に「N大学への批判感情」も声としてあがってくるのも仕方のないことかもしれません。これは世論の大勢を占める意見になっているのだという印象があります。

しかし感情的なことばかりで意見を言っても、一向に物事の本質が見えてこない、前向きにものごとがすすまないという話を二人でしました。

荒木:櫻井さん、それにしても最近のニュースは、どのチャンネルを見てもN大アメリカンフットボールのラフプレーネタばかりですね。スポーツ好きの櫻井さんは、怒りが止まらないのではないですか?

櫻井:勿論、あのタックルはスポーツとしてあり得ない出来事ですね。暴力的でもあり、あってはならないことだと思います。しかし、その後、危険行為をした選手が記者会見で謝罪した映像を見て、彼には今後の長い人生につなげてほしいなぁとも思いました。

荒木:なるほど、そうですね。確かに起こったことはもう取り消せないので、彼自身が将来に生かしていく、彼を支援するという視点は大切ですね。しかし、そういう意味で大学や関係者の対応は最悪でしたね。

櫻井:確かに最悪だと思いました。選手個人がカメラにさらされる中、大きな組織が守ってくれないということには憤りを感じました。と同時に、今回の出来事から、ほかの教育の現場や組織が、もう少し大きな声をあげても良いとも感じました。つまり、N大の問題という枠を超えて、大学機関が今回の出来事を受けて、問題点を明らかにし、将来に向けてそれを提起をしても良いのではないかと思いました。

荒木:なるほど。教育の現場が、子どもを守らず、きちんと物事を筋道立てて説明せず、まるで企業防衛的な発言ばかりを繰り返したことが大きな問題だということですね。問題があると言えば、メディアの取り上げ方もそうだとも思うのですが…

櫻井:起こった出来事の表面ばかりを繰り返して報道されるメディア情報も、私たちのニーズからきていると考えると、結局、私たちの意識も変えなければいけないのかなぁとも感じます。気をつけてメディアと付き合わなければ「考える」という行為を妨害されているような気持ちに、私などはなってしまうのです。

確かに、身近にいろいろな情報が手に入るこの時代は、ある意味風通しが良いという面をもっています。しかし、情報を、右から左に流すのではなく、一度せき止めて、「問題の本質を考えること」や「今後問題をどのように生かすか」といった視点で考えたいという話を二人でしました。そして、いろんな角度で発言できるようになりたいとも話しました。

当事者を意識して社会をみていきたい! 発言していきたい!

先ほどメディアの取り上げ方の問題にふれたとおり、私たちのニーズ、つまり、私たちの興味の方向にメディアは向いています。このことを考えると、例えば原発の問題などが取り上げられなくなってきたことは、メディアだけの問題だけではなく、私たちの興味関心が薄れてしまったことの表れだという話もしました。何かあるとワーッと報道され、人々が口にする単語。「東日本大震災」「福島第一原発」「メルトダウン」「大熊町」「マイクロシーベルト」等、沢山の単語が瞬間的に飛び交いますが、やがて意識の中から消えていきます。忘れるという行為を繰り返していくのが人なのかもしれませんが、それではいけないという反省を二人でしました。

荒木:精神保健の現場で働いている者として、この分野に常に関心を持っていなければいけないことは当たり前なのだけれども、櫻井さんは新聞をよく読んで勉強していますね。見習わなければ。

櫻井:昔からの癖が抜けないという感じがありますが、体調によっては集中力がもたないことがあります。どうしてもネットニュースではなく、新聞ということになりますが、新聞各社によって同じ記事の取り上げ方でも違う意見だったりするのは興味深いです。

荒木:なるほど、東日本大震災直後の原発問題に対する報道姿勢は福島県民の立場に立つと…いうような論調で概ね同じような論説が並んでいましたが、その原発の延長線上にあるエネルギー政策に対する考え方は「危険な原発はいらない」「資源のない日本に(安全な)原発は必要」などと意見が分かれているようです。

櫻井:「当事者(福島県民)の立場に立つと…」という視点は大切だと思うのですが、こういった議論が続く中で、いつの間にか当事者ということがすっかり置き去りにされてしまうことがありますよね。そして「当事者の立場に立つと…」という枕詞は、注意して見聞きしなければいけない言葉で、感情を煽(あお)るような使い方をされるような気がします。

荒木:ありがとうございます。以前の往復書簡の中で、少しそのようなことを私は書きましたね。「私は(精神障がい)当事者ではないが、できる限り当事者に思いを馳せられるようにはなりたい」と。なかなかエラそうなことを書いてしまいましたね。

ところでそうなると、私はいったい何の当事者なのだろうか?と考えました。その当事者の立場できちんと発言・行動できているだろうかと反省しました。

櫻井:私は、今後も精神障がい当事者として発信していくことは勿論ですが、例えば、年老いた父と生活する子という当事者の立場で、高齢者福祉のこと等たくさん語ってもよいのだとも思いました。

この文章を読んでいる皆さんはどのように考えましたか?二人で話をしたのは、病気とか障がいだとかに限らず、私たち誰もがいろんな形でなんだかの当事者として存在しているのではないかということです。そうでなくては社会のあらゆる問題を知る・考える必然性はありませんし、そんな新聞やニュースに触れる必要はありませんよね。
ただし、少しだけ気をつけなければいけないのは、自分がその当事者として立場(主観)で考えているのか、当事者に寄り添いたい(客観)と考えてなのか、きちんと区別することかもしれませんね。境界は難しいのですが。

書簡を通じてコミュニケーションの楽しさを知る

この半年間書簡を通して、二人でいくつかの話題を話してみました。お互いの考えの一致する点・全く異なる点、はたまた感心する点等、いわゆる普段の職場だけの関係では語りつくせなかったことが、書簡というツールを通じて交わせたような気がします。そして、コミュニケーションの楽しさに改めて感じ入ることができました。

じっくりと書き込むという「書簡の醍醐味を味わった」といったところでしょうか。

勿論、代償として自宅で遅くまでパソコンと向き合わなければいけなくなってしまいましたが…

そして、この書簡は、思わぬ形で読者の方々とのコミュニケーションにもつながったような気がします。はじめにも書きましたが、たくさんの方々にお声かけいただき、会話のきっかけにさせていただきました。

本当に感謝したいと思います。

荒木:今回、このような場で、言いたい放題させてもらえてけれど、楽しかったですね。

櫻井:疲れたけれど、心地よい疲れみたいな感じですね。「コミュニケーション」ってこういう感じなのでしょうかね。

荒木:ウーン。確かに、書くことには責任も生れるし、心の開放だけではありませんよね。

櫻井:でも楽しかった。このくらいのやり取り(コミュニケーション)で言いたいことがすべて伝えられるわけでもないですけれども。まぁ、それでも自分たちの意見が率直に言えるようなそんな社会にしたいなぁと思いました。ちょっと大げさかなぁ。

二人:(笑)

2018年5月吉日
多摩棕櫚亭協会 本部にて

櫻井博 と 荒木浩

荒木浩 と 櫻井博

 

最後に

読者のみなさんにはお付き合いいただき、重ねてお礼申し上げます。

そして、写真撮影などにお力添えいただいた、アーガイルデザインの宮良さんにも感謝申し上げます。

「またエネルギーがたまったら書簡やってみますか?」

「やらせてもらえますかね?」

「本当は当分そんな気持ちにはならないでしょう?今はね!(大笑)」

(了)

 

「手紙」を交わすふたり

櫻井 博

1959年生 57歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ(ピアスタッフ)

大学卒業後、職を転々としながら、2006年棕櫚亭とであい、当時作業所であった棕櫚亭Ⅰに利用者として通う。

・2013年   精神保健福祉士資格取得
・2013年5月  週3日の非常勤
・2017年9月  常勤(現在、棕櫚亭グループ、なびぃ & ピアス & 本部兼務)

荒木 浩

1969年生 48歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 副施設長

福岡県北九州市生れ。大学受験で失敗し、失意のうち上京。新聞奨学生をしながら一浪したが、ろくに勉強もせず、かろうじて大学に入学。3年終了時に大学の掲示板に貼っていた棕櫚亭求人に応募、常勤職員として就職。社会はバブルが弾けとんだ直後であったが、当時の棕櫚亭は利用者による二次面接も行なっていたという程、一面のんきな時代ではあった。
以来棕櫚亭一筋で、精神障害者共同作業所 棕櫚亭Ⅰ・Ⅱ、トゥリニテ、精神障害者通所授産施設(現就労移行支援事業)ピアス、地域活動センターなびぃ、法人本部など勤務地を転々と変わり、現在は生活訓練事業で主に働いている。

・2000年   精神保健福祉士資格取得

もくじ

 

Photography: ©宮良当明 / Argyle Design Limited

【お詫び】往復書簡最終稿は5月31日公開です

法人本部 2018/05/27

いつも往復書簡をお読みいただきありがとうございます。

5月30日公開予定していた最終稿ですが、業務の都合により遅れています。申し訳ありません。

5月31日公開を目指して鋭意準備中です。今しばらくお待ち下さい。

櫻井 博 ・ 荒木 浩

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職員研修 映画上映会を行いました!

研修会 2018/05/23

5月16日(水)に職員研修として映画上映会を行いました。映画は、「さとにきたらええやん」です。

この映画の中の「さと」は子ども、障がい者、高齢者‥という分け方を超えて、地域全体を包み込みながら自然に支え合う場になっています。支援はこういう形もあるのだということを気づかせてくれます。私は、この映画を棕櫚亭の職員にぜひ観てもらいたいと思いました。また、この機会に近隣の福祉系施設の職員の方にも観ていただき、交流の場にできればと思い、一緒に観た前理事長の天野さんと企画を提案させていただきました。

法人内で手分けして近隣の施設へお知らせをし、結果的に26名もの方が参加されました。法人内からは24名の参加があり、2Fいっぱいを使ってにぎやかな会になりました。

当日は、職員の協力で軽食用のおにぎりも作り、参加した方に食べていただいて和気あいあいとした雰囲気。上映中も観ている方がどんどん映画に引き込まれていく感があり、さすが対人援助に関わる人の集まりだなと、うれしくなりました。

上映後、参加していただいた方からは、「参加できてよかった」、「これを刺激に自分の支援の形を考えて行く良い機会にしたい」、「この映画を観て感じたことを職場にも持ち帰り共有したい」、また、この場を設けたことへの感謝の言葉もいただきました。私は、開催できてよかったと思いましたし、感謝の気持ちでいっぱいになりました。これで終わることなく、近隣の方たちとの交流の場を継続的に持ちたいと思いました。

参加されたみなさま、ありがとうございました。

ピアス 増田 静枝

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賛助会通信「はれのちくもり」平成30年5月号発行しました

法人本部 2018/05/23

多摩棕櫚亭協会 賛助会通信「はれのちくもり」第99号(平成30年5月号)を発行しました。

賛助会通信30年5月号

主な内容は

  • 新年度のご挨拶
  • 法人報告会のお知らせ(6月23日)
  • 地域貢献
  • 各施設のご紹介、予定

です。是非ご覧ください。

また、賛助会へのご入会につきましては、こちらのページをご覧ください。

賛助会へのご入会

『往復書簡 1 – 櫻井博 と 荒木浩』 Part ⑮ “棕櫚亭の理念を担う-櫻井 博からの手紙”

法人本部 2018/05/09

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

棕櫚亭の理念を担う

前略
荒木 浩 さま

半年にわたり、手紙をよんでいただいてありがとうございます。今回が最後になるのですね。最後に大きなテーマをいただき考えましたがうまく答えられないかもしれません。
今これを書いているのが連休まっただ中の自宅です。職場で書くことは認められてますし、ほとんどそうしてきました。今回は振り返る意味も含めゆっくり書いています。

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

櫻井 博

棕櫚亭の理念を担う

棕櫚亭の理念として、「精神障害者の幸せ実現」という大きな目標があります。荒木さんから問われた「なにを担ってくれるか」という問いにこたえるとすれば、法人に関するすべての仕事だと思います。

本当の事を言いますと、電話相談でもプログラムの活動でも高齢者配食でも、その活動が理念のどの部分がどういうふうにあてはまるかはわかりません。仕事として全力投球でやることによってそれがやがて理念として幸せ実現に向かえばと考えています。

棕櫚亭にメンバーとして入り、2回の入院を経て、いろいろな方との出会いがあり、棕櫚亭の魅力にひかれ、精神保健福祉士の資格を取り、週3日から始まった障害者雇用での採用でしたが、自分の中では健常者と障害者の境界は、気持ちのなかではありませんでした。

確かに病気をによる障害はありますが、それを意識しないよう努めました。

精神障害者の雇用率が上がり、一般での雇用は増えてきました。様々の分野に雇用の場は広がっています。荒木さんの手紙でも健常者と障害者の境界(ボーダー)は引けないと返事をいただきました。書簡を通じて境界を引いているのは自分のほうではないかと気が付きました。もともと境界をひけないことの多い社会のなかで、境界をひこうと思い、被害的になったり不安になったりすることは、そのできない境界に怯えているのではないかと思いました。、この半年間往復書簡を通じて荒木さんとの認識の違いでは、自分には多様性をもつことがすくなかったことも得た一つの教訓です。荒木さんの考える多様性に注目しずいぶん自分の思い込みも意識されました。

なぜ棕櫚亭を就職先に選んだか?

私が棕櫚亭を勤務先に選んだのも、そういう多様的な見方や考え方が仕事に許されているからです。荒木さんとの書簡で自分が気づいたこともたくさんありました。境界という考えをもたないほうが働くにはいいということも最後に気づいたことでした。それは回りから合理的配慮してもらうこととは違います。職員としてもつ立ち位置的なものです。

天野前理事長と始めた当事者活動

私は棕櫚亭に入職して天野前理事長とSPJ(棕櫚亭ピア事務局)という当事者の活動をはじめました。構成メンバーは主にオープナーの方が多いです。そこで話された事柄は秘密保持で他では話していけないというルールがあります。私はここで発言することで自分の不安感とか恐れる気持ちを解消しています。これはおそらく障害者というレッテルを「はがそうはがそう」という努力にも似ています。障害者だからこう見られているのではないかということを語りながら、うなずいているメンバーさんをみて安心します。他の方はどうかわかりませんが私の場合はこの茶話会に参加することで、また一週間がんばろうという気持ちになれます。

ここは障害当事者が集まっているという意味ではボーダーレスです。

こういうふうに考えると、境界とは社会の側からは都合よく考えられた言葉で、自分の気持ちのなかでそれを取り除けばとも思います。
荒木さんが「往復書簡の初め」で書いていたとおり、「障害者がリハビリして社会にでていけば私たちの仕事はなくなる」という考えもあったということでした。
でも現実に仕事をしていると、それも不可能だし、専門性の高いワーカーも必要です。その点では荒木さんと意見が一致しています。精神の福祉の分野では障害のない職員がメジャーで当事者スタッフはまだまだ少数です。いくら当事者に追い風が吹いているからといって力の差はあります。今年の5月で雇用されて5年たちますが、当事者性を追い求めて、特色のあるメンバーさんとの関わりを持とうという姿勢はかわりません。職場の上司にはピアスタッフだからできる仕事をしてほしいと言われています。でも私は雇っていただいたからには、なんでもやるつもりでいます。そこから多様性が許されている「棕櫚亭の精神障害にある方の幸せ実現」にすこしでもお役に立てればという思いがあります。
もちろん卓球も一生懸命やります(笑)

荒木さんの手紙で効率性を追い求める社会というのが、それだけではなく無駄もあってもいいと書かれているのを読んで、人間の幸せって無駄にあるものかと思いをよせました。
効率性を求める現代社会も福祉の分野ともうっすらボーダーが引けるのかもしれません。
そんな思いをもったのも、長い間企業にいたという経験があるからかもしれません。

でもそこに境界を引くつもりは今はありません。

最後に

半年の間ホームページにアクセスして読んでいただいた皆様にも感謝しています。
拙い文章で気持ちが伝わったかわかりませんが、境界線を探った結果を自分なりに書かせていただき最後にしたいと思います。

草々

櫻井 博

※いつも「往復書簡」読んでいただきありがとうございます。

手紙でのやり取りは、この号で終了となります。半年にわたりありがとうございました。3週間後の5月30日にスピンオフで「対談編」を上梓して「往復書簡」は完全終了になります。

この5月という時期があまりに忙しすぎて二人で話す時間がないのです。しばしお待ち下さい。本当にごめんなさい。

櫻井 博 & 荒木 浩

「手紙」を交わすふたり

櫻井 博

1959年生 57歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ(ピアスタッフ)

大学卒業後、職を転々としながら、2006年棕櫚亭とであい、当時作業所であった棕櫚亭Ⅰに利用者として通う。

・2013年   精神保健福祉士資格取得
・2013年5月  週3日の非常勤
・2017年9月  常勤(現在、棕櫚亭グループ、なびぃ & ピアス & 本部兼務)

荒木 浩

1969年生 48歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 副施設長

福岡県北九州市生れ。大学受験で失敗し、失意のうち上京。新聞奨学生をしながら一浪したが、ろくに勉強もせず、かろうじて大学に入学。3年終了時に大学の掲示板に貼っていた棕櫚亭求人に応募、常勤職員として就職。社会はバブルが弾けとんだ直後であったが、当時の棕櫚亭は利用者による二次面接も行なっていたという程、一面のんきな時代ではあった。
以来棕櫚亭一筋で、精神障害者共同作業所 棕櫚亭Ⅰ・Ⅱ、トゥリニテ、精神障害者通所授産施設(現就労移行支援事業)ピアス、地域活動センターなびぃ、法人本部など勤務地を転々と変わり、現在は生活訓練事業で主に働いている。

・2000年   精神保健福祉士資格取得

もくじ

 

Photography: ©宮良当明 / Argyle Design Limited

『往復書簡 1 – 櫻井博 と 荒木浩』 Part ⑭ “目にはみえない境界線を越えて幸せを考える -荒木 浩からの手紙”

法人本部 2018/04/25

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

 

往復書簡を読んで下さる皆様へ

半年という短い期間でしたが、次号が櫻井さん最後のお手紙、締めくくりは、書簡を終えての二人の対談でフィナーレとなります。従いましてこの回が私にとっての最後の手紙となります。このような場で書くことの重責から解放されホッとしているのが率直な感想です。一方、これまで文章を書きながら、いろいろな方の顔を思い出しながら、私なりに伝えたいメッセージや問いかけを綴る喜びがあったのも事実です。本当にお付き合いいただきありがとうございました。

このミニマラソンも最後の競技場に入ってきました。残りわずか、息も切れ切れですが、完走したいと思います。

目にはみえない境界線を越えて幸せを考える

前略
櫻井 博 さま

本当に気持ちの良い暖かな季節になりました。

ただこの春という時期は、一面穏やかな顔を見せながらも、特有の突風で、歩く道を遮るような意地悪をしてきます。暖かさにつられて洗濯物を外に思い切って出すのですが、帰ってきたらベランダにそれらが飛び散って、泣く泣く洗濯をもう一度しなければいけなくなるという経験はこの季節に多いような気がします。

 もう半年もたつのですね。そもそも、この往復書簡の始まりは、櫻井さんと私の原体験の一部をさらけ出してそれを切り口にしながら「当事者職員と(健常者)職員の境界線を探る」という大命題を掲げたことでした。この問いに対して私なりの「答えはでたか?」というと、潔く「No」と、うな垂れるしかありません。すみません、櫻井さん、私の力不足でした。

そもそも、対外的には法人事務長という肩書通りに顔半分事務職の私が「職員のありよう」を語るということには無理があったのかもしれません。他にも優秀な人材がいるにも関わらず(笑) ただもう一息頑張りたいと思います。

 

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

荒木 浩

 

ソーシャルワーカー(福祉職員)のありよう

私の苦手なことはたくさんあるのですが、人に物事を伝えるということがその一つです。具体的に言うと、職員の教育がとても苦手です。敢えてかっこよく言えば職人気質の職員などと言い訳できますが、今時は全く流行りません。勿論、手をこまねいていても仕方ないので、少しでもそれらしいことを語れるように、時々は学生向けのやさしい本を読むようにしています。ずいぶん緩く書いているなぁと思うものもありますが、その言葉の平易さが人に伝える上では非常に参考になることがあります。

そのように読み漁った本の一冊に(恐らくはやはり学生向けに)「福祉職員のありよう」について書いてあったものを見つけました。この本がとりわけ素晴らしいということでもなく、おそらくは他の本にも同じような意味を綴った文章はあると思います。しかし私たちが書簡を始めるにあたって掲げた「当事者職員と(健常者)職員の境界線を探る」ヒントになるかと思い、少し長いのですが、転載してみました。読んでみてください。文中には「ソーシャルワーカー」と書いてありますが、「福祉職員」と読み替えてよいのではないでしょうか。

恐らく、限りなく理解し、その人に近づこうとすることはできても、本当にその人やその人の人生を理解することなどできません。その人だって自分のことなど本当は分かっていないのに、他人である私にその人のことを理解などできません。(中略)
ソーシャルワーカーの営みは、どれだけ限りなくその人に近づけ得るかにあると思います。限りなさの程度というか限界は、ソーシャルワーカーがどれだけその人の人生を追体験できるか、どれだけ豊かに想像できるかにあると思います。出会った人から直接的に学びとると同時に人類が歴史的に蓄積してきた文学、音楽、芸術、哲学等々、人間を理解するための様々な遺産からどれだけ学びとっているかにも、かかっていると思うのです(以下略)

『ソーシャルワーカーという仕事』 宮本節子 著(ちくまフリマー新書)より抜粋

障害者・健常者以前に私達はソーシャルワーカー(福祉職員)である

上の文章から読み取れることは、3点あると思います。

①どんな人であろうとも、他者の人生の理解は難しい

②しかしソーシャルワーカーは、支援する人の人生を追体験し、豊かに想像することで近づくことが大切

③そのためにもソーシャルワーカーは、直接支援のみならず、歴史的な蓄積からも学ぶべきである

 健常者であれ、当事者であれ私たちは「福祉職員」だから、やるべき仕事は同じです。但し、精神的な病気を体験したという点、つまり追体験という意味では、当事者スタッフの方がメンバーさんの近くにいることは間違いないでしょう。しかし、それでも他者の人生の理解の深い部分は、当事者であろうと「他人である」以上、理解することは難しいのだと上の文章では書かれています。わたしもその意見には同意します。

その意味では櫻井さんが今も自分の経験に胡坐(あぐら)をかかず、いろんなことに挑戦しながら視野を広げていく姿勢は素晴らしいと思うのです。つまりは「健常者スタッフ」であろうと「障がい当事者スタッフ」であろうとこの仕事を選んだからには、経験ということにとどまらず、想像力を深め、文化的な角度からも見聞を広げる努力を続けなければいけないということなのでしょう。

繰り返しになりますが、今回の櫻井さんとの往復書簡では、「当事者職員と(健常者)職員の境界線を探る」という命題を立てながらも力及ばずついに境界線を見つけることはできませんでした。健常者であれ当事者であれ職員の間に引くような線、つまり「境界線なんてものはそもそもない」のかもしれませんね。櫻井さん、それを現段階での私の結論とさせていただくことを許していただけますか。

そして本当の締めくくりになりますが、次のことにふれさせていただき、筆をおきたいと思います。

幸せな社会を、そして棕櫚亭を、どのようにデザインしていくかこれからも皆で考えていきたい

私たちは、ロボット演劇の研究を通じて、人間を人間たらしめているものは何かを追求してきた。(中略)そこでわかってきたことは、どうも私たちがロボットなりアンドロイドなりを「人間らしい」と感じるのは、その動きの中に無駄な要素、工学者が言うところの「ノイズ」が、的確に入っているときだという点だ。(以下略)

『わかりあえないことから―コミュニケーション能力とは何か』 平田オリザ 著(講談社現代新書)より抜粋

現代社会の中で、高い価値とされるものの一つに「効率(性)」というものがあるような気がします。「効率的に税金を使う」とか「効率的に働く」という言葉は、マイナスのイメージがわきにくいですね。そしてこの「効率」という言葉は福祉分野にも根付きつつあります。例えばそれは株式会社など営利企業の福祉事業参入ということです。少ない資金で「効率的」に利益を上げようとする営利企業の活動理念と、限りある税金を福祉に「効率的」に使う行政改革の流れとが結びついているのが現代の福祉の特徴の一つだと考えています。

その一方で、社会福祉論などの学問では、福祉社会とは「人間らしい」生活を営める社会であると教えられます。そして先ほど書いた通り、劇作家の平田オリザさんは、「人間らしさ」について「無駄である」という要素で語っています。これは大変興味深く、私は思わずうなずいてしまいました。私自身が無駄に気楽に生きているからそう思うのでしょうか?

営利企業の福祉事業参入など福祉の「効率化」が進む中、福祉学部の教室では「福祉社会とは『人間らしい(無駄ともいえる)』生活だ」と教授に教えられる状況には想像するだけで目が回ってしまいそうです。

あくまで誤解の無いように書いておきますと、私は決して「効率的な社会」や「株式会社」が悪いと言っているのではありません。努力をして、障がい者雇用で就職し、幸せを得た障がい当事者の方を沢山見ています。彼らを受け入れてくれているのはそのような社会であり、会社であることは間違いありませんし、皆さんのその笑顔に嘘はありません。ただ私がここで言いたいことは、社会の仕組みが一層効率的になりすぎた先に、私たちの幸せはあるのかという不安です。どのような社会が望ましくて、どのようなさじ加減でデザインしていくか、つまり「幸せな社会」を選び作っていくのは私たちの権利であり、大げさに言うならば、使命だと考えています。

そして同時に棕櫚亭の職員である以上、精神障がい者の方の「幸せ」実現、つまりは法人理念実現に向けて、社会の中ではほんの微力でも力を尽くさなくてはいけないのです。

さて、櫻井さんには、最後に職員として「棕櫚亭の目指す精神障がい者の幸せ実現」の何を担っていただけるのか、何を担いたいのか語っていただけますか?最後の無茶ぶりです。

草々

荒木  浩

「手紙」を交わすふたり

櫻井 博

1959年生 57歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ(ピアスタッフ)

大学卒業後、職を転々としながら、2006年棕櫚亭とであい、当時作業所であった棕櫚亭Ⅰに利用者として通う。

・2013年   精神保健福祉士資格取得
・2013年5月  週3日の非常勤
・2017年9月  常勤(現在、棕櫚亭グループ、なびぃ & ピアス & 本部兼務)

荒木 浩

1969年生 48歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 副施設長

福岡県北九州市生れ。大学受験で失敗し、失意のうち上京。新聞奨学生をしながら一浪したが、ろくに勉強もせず、かろうじて大学に入学。3年終了時に大学の掲示板に貼っていた棕櫚亭求人に応募、常勤職員として就職。社会はバブルが弾けとんだ直後であったが、当時の棕櫚亭は利用者による二次面接も行なっていたという程、一面のんきな時代ではあった。
以来棕櫚亭一筋で、精神障害者共同作業所 棕櫚亭Ⅰ・Ⅱ、トゥリニテ、精神障害者通所授産施設(現就労移行支援事業)ピアス、地域活動センターなびぃ、法人本部など勤務地を転々と変わり、現在は生活訓練事業で主に働いている。

・2000年   精神保健福祉士資格取得

もくじ

 

Photography: ©宮良当明 / Argyle Design Limited

『往復書簡 1 – 櫻井博 と 荒木浩』 Part ⑬ “ボーダーレス社会の苦悩-櫻井 博からの手紙”

法人本部 2018/04/11

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

ボーダーレス社会の苦悩

前略
荒木 浩 さま

春がやってきて桜がさいています。また気持ちのいい季節がやってきました。
私はこの心躍る春が大好きです。
この手紙が公開される頃はすっかり桜も落ちてしまっていると思いますが。
実は去年の夏ごろ富士山に登ってみたいと、考えていました。初めての登頂なので一緒に荒木さんを誘ってと思っていました(笑)。荒木さんは5回も登っていたのですね。凄いですね。
私は登山用具が予算ではそろわないことを言い訳に登頂はあきらめていました。
回りのスタッフも勧めませんでしたので。
私を含め当事者は体力があまりないので、一人で歩き通しはきついし、練習も必要かと思います。

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

櫻井 博

自分探し

そうそう私の大学生の頃、卒業しても「自分探し」といって就職せず、世界を旅する人にこの言葉は都合のいいように利用された感がありました。
最近では、あまり「自分探し」は積極的意味では使われていないように思えます。
ある評論家は「自分探し」は他者と出会わなくては自分もわからない。という相対的に自分を観てみるということも言っています。
荒木さんの手紙を読むと意味がすこし違うような気がしました。
人間だれしもが悩むもので、自分の感じ方、好き嫌いを掘り下げることと。
この意味での「自分さがし」は大切な気持ちだと思いました。自分探しはしなかったですが、働いて辞めてまたアルバイトなどの生活は、他人から見れば自分探しをしているのだなと見方もあったかもしれません。
急性期が終わり自宅にもどった時、昼間、「眠たくて眠たくてしょうがない」時がありました。家ではしょっちゅうごろごろしていました。この時、家で「自分探し」をしているとは到底思えませんでした。

棕櫚亭のボーダーラインとしての機能

以前に棕櫚亭との出会いについて書きましたが、棕櫚亭がなかった時は自分と病院そしてその後ろの社会との境目はなかったような気がします。棕櫚亭をボーダーラインと考えたのは、そこに線をひいてくれるラインとしての役割があるような気がしたからです。
そのラインは自由に動き移動してくれます。社会をそして自分を観るとき、ラインを上下して、自分と社会を俯瞰的(ふかんてき)にみることができます。棕櫚亭はもちろん社会的集団ですが、そこに属することで社会や自分を再考できます。
その意味で私も自分探しの途上かもしれません。

何をもって幸せというのだろう?

荒木さんが死にゆく最後の瞬間幸せと思うことを目標に生きている、という荘厳なテーマをもって暮らしているのを知って感銘を受けました。
私は死ぬ瞬間笑って死にたいと思っています。
そろそろ交わしてきた手紙も佳境にはいろうとしていますが、荒木さんは好きか嫌いかその際で悩み進み動くことが大事と言っています。このあたりにボーダーラインの秘密が隠されていると、思いました。

ボーダーラインの本質

今仕事をしている上司に「物事を決めがちな傾向にある。」と言われたことがあります。先の書簡で荒木さんは好きか嫌いかにもラインをひけない。ひこうとしない。
それに関して私はそのラインにこだわりどっちかの側にいようとする。
性格的にラインを引くことをしてしまいますが、実は世の中のことはラインが引けないことのほうが多いことを荒木さんは言っているような気持ちがしました。
「自分探し」についても、時間が無駄かそうではないかではなく、そこで悩むことに意義があると言っています。私はこのことからボーダーラインはそこにありきではなく、うっすらとあるような感じかなと思います。病気になってしまうのはラインを濃く引きすぎた為、中間あたりにいられなくなってしまうからではないかと思いました。
そしてこの状態はストレスだなと感じました。
でもボーダーラインが引けない世界に生きている人にとってはより苦悩もあることも知ってほしいです。そのあいまいな世界で生き方を見失ったり、回りから拒否されたこと、妄想の世界に入ってしまう人もいるかもしれません。
ある人の人生が人類の歴史からみれば、点かもしれません。人生は短いことを考えると密度の濃い時間を送りたいと思います。「ぎゅーっ」と凝縮された時を過ごす。それは私の望むところです。

荒木さんが言われる一度しかない人生だから、いろいろな人生であっていいし、自分が選んだことを大切にしていきたいと思いました。時間を考える時人生はつねに動いているし、荒木さんの書簡での「ムーブ」(動く)ことは大切なことなのですね。

当事者スタッフと健康なスタッフのボーダー、当事者と健常者のボーダー、病気の人そうでない人。それらを探りながら、次回の返信を待ちたいと思います。

草々

櫻井 博

「手紙」を交わすふたり

櫻井 博

1959年生 57歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ(ピアスタッフ)

大学卒業後、職を転々としながら、2006年棕櫚亭とであい、当時作業所であった棕櫚亭Ⅰに利用者として通う。

・2013年   精神保健福祉士資格取得
・2013年5月  週3日の非常勤
・2017年9月  常勤(現在、棕櫚亭グループ、なびぃ & ピアス & 本部兼務)

荒木 浩

1969年生 48歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 副施設長

福岡県北九州市生れ。大学受験で失敗し、失意のうち上京。新聞奨学生をしながら一浪したが、ろくに勉強もせず、かろうじて大学に入学。3年終了時に大学の掲示板に貼っていた棕櫚亭求人に応募、常勤職員として就職。社会はバブルが弾けとんだ直後であったが、当時の棕櫚亭は利用者による二次面接も行なっていたという程、一面のんきな時代ではあった。
以来棕櫚亭一筋で、精神障害者共同作業所 棕櫚亭Ⅰ・Ⅱ、トゥリニテ、精神障害者通所授産施設(現就労移行支援事業)ピアス、地域活動センターなびぃ、法人本部など勤務地を転々と変わり、現在は生活訓練事業で主に働いている。

・2000年   精神保健福祉士資格取得

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Photography: ©宮良当明 / Argyle Design Limited

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