【連載】時事伴奏③~ニュースと共に考える

法人本部 2018/09/10

「障がい者雇用率」水増し報道を受けて

多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ 櫻井博

東京新聞8月29日朝刊で官公庁の障がい者就労水増し問題について、小林理事長のインタビュー記事が3面にて大きく取り上げられました。

      • 障がい当事者スタッフ(ピアスタッフ)である私の見解を少し書かせていただきたいと思います。

この記事について、誤解のないよう補足すると、精神障がい者はその特性で様々な症状があり一人一人症状も異なるし、仕事の特性でマッチングも大切だということです。つまり、紙面でいう精神の病を2つの特徴だとは簡単097d9e0c03342fb0ebf122b507073661_tに言い切れないと考えています。

そもそも一般紙を読む読者の方で、障がい者に関わったことのない人の中には「障がい者って働けるの?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。

案外、障がい者に関する記事は、書き手の力量や読み手の力量などが問われる難しい問題のかもしれないと思いました。

後日談として、小林理事長から聞いた話なのですが、取材のときに説明した「チャレンジ雇用」の話が取り上げられなかったということです。行政が雇用を進める方法として、チャレンジ雇用というものを活用しているのですが、これについて私なりに少し解説したいと思います。

チャレンジ雇用※1)というのは、行政が1年間ぐらいの短い期間、障がい者を非常勤職員として雇う形態です。ハローワーク等にこの期間を就労した期間として報告し、その後民間企業へ就労する方もいます。すべてではないにしろ、このような雇用形態が、障がい者雇用としてカウントされていることは少し問題であると思うのです。

※1)チャレンジ雇用とは、障害者を、1年以内の期間を単位として、各府省・各自治体に おいて、非常勤職員として雇用し、1~3年の業務の経験を踏まえ、ハローワーク等を通じて 一般企業等への就職につなげる制度です    (厚生労働省HPより)

残念ながら、障がい者就労という枠組みで働くかたが、正社員になれる確率はとても低いです。したがって、中央官庁こそチャレンジ雇用ではなく正職員として雇い、障がい者と一緒に働くということはどういうことか、現場で知ってもらう努力をしてもらうことが大切だと思います。

民間の会社はその意味では相当努力していると思います。雇用率が達成されなければ、罰金が課されることもその一因かもしれません。

但し、私としては、特例子会社という制度については若干の疑問を感じています。障がい者だけを集めて、同じ0d8ee6c371902d77196ab3bc4c976bd8_tフロアーで雇用することをいうのですが、大手の会社はこの制度を活用しているところもあります。確かにこのほうが障がい者を管理しやすいし、特性もいかされるかもしれません。が、しかし健康な人も障害のある人も一緒に働く社会、つまり共生社会という考えかたがあります。この考え方によると、この特例子会社というやり方は、共生という意味で疑問が残ります。

最後に、新聞の見出しとして「職場環境の整備を!」とあったのですが、小林理事長は障がい者雇用の問題は、制度や職場環境の整備はもちろんですが、働きたい障がい当事者の準備の必要性も常日頃話されています。そういう意味で、障がい者を雇う、働けるようになるには時間がかかるということを小林理事長は訴えたかったのではないかと思います。

就労移行支援事業所ピアスでも障害がある人は最大で2年間という期間のなかで、「1.就労トレーニング」「2.就労プログラム」「3.個別相談」を受けながら、働く為に必要な力をつけるために日々努力しています。この春の法改正によって雇用率が上がったことは喜ばしいことですが、制度上、雇用率が上がることのみに、たいていの方は一喜一憂しているのではありません。

働きたいという希望をもちながら、日々の就職への取り組みのなかで、自分自身を見つめ、成功体験を積み重ね、自信につながり就職しているのだということについて、社会の人に知っていただき、そして雇用という形も含めて、社会がより私達を受け入れてほしいと考えているのです。

私自身、このような文章を書きながら、新聞ではありませんが、考えを伝えることの難しさを実感しています。そして、今回の新聞記事を読んで、当事者スタッフである私の思いを書いてみました。

皆さんに伝わりましたでしょうか?

    • 「本当の意味での共生社会の実現」こそが私の強い願いです。

(了)

【連載】時事伴奏②~ニュースと共に考える

法人本部 2018/08/30

認知症検査第一人者、長谷川先生が認知症になったことを公開

多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ 櫻井博

読売新聞に平日連載されている「時代の証言者」というコーナーがあります。

ここに8月11日から長谷川先生の寄稿が特集されています。長谷川先生は認知症研究でも有名な長谷川式スケールという知能検査を作った人で、知っている人も多いかと思います。先生は、診断に使われる認知機能検査の開発者という一面をもちながらも、認知症に罹ったことを昨年の講演会で明らかにしました。このコーナーはかなりつっこんだ内容が書いてあり、時として心揺さぶられることがあります。

この「時代の証言者」というコーナーでは無罪判決を受けた元厚労省の村木厚子さんの証言が連載されたこともあります。

村木さんは警察の取り調べの様子、家族が一致団結して励ましあいながら裁判の日を迎えたこと、面会でたくさんの本を持ってきてもらい、拘留されている間にたくさん読書したことなど、本人の内なる声として語られていました。

今回私が取り上げた長谷川先生も自身の認知症という病気を何故公表したのか、生きる上でなにが大切かをお書きになっています。特に印象にのこっているのは、「聞くという行為はその人が話すまで待ってあげること」で、「その待つという行為がその人に自の時間を差し上げることだ」(連載10回目抜粋)}と書かれているところです。

病気がある人の目線で話す大切さを説き、パーソンセンタードケアが大切であり、「なぜ生きるか」と問う姿勢に私は大変感銘をうけました。また、元気をもらいました。(*パーソンセンタードケア…認知症をもつ人を1人の“人”として尊重し、その人の視点や立場に立って理解し、ケアを行おうとする認知症ケアの考え方/トム・キッドウッドの提唱)

ふと振り返ってみれば、私は自分の病気のことを深く知りたくて、精神保健福祉士の勉強をしたのを思い出しました。その思いを今の仕事につなげていく努力を怠らず進みたいとあらためて思いました。

長谷川先生は今年の2月に89歳になられたとのこと。

現在先生は、今年の9月敬老の日を目指し、絵本の出版を予定しているようです。

私が先生の年まで生きていられたら、統合失調症の絵本を描きたいとそんな夢を描いています。

(了)

期間限定連載「時事伴奏」をよろしくお願いします!

法人本部 2018/08/09

「時事伴奏~ ニュースをともに考える①」

多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ   櫻井博

 ◆ はじまりにあたって

往復書簡を書き終え、次の企画でなにをするかこの間考えていました。書簡が自分の過去や病気の振り返りでしたので、目を外に向けて例えば社会ニュースを題材に自分の考えを書いてみたいと思いました。goriIMGL9697_TP_V1

従って今回この企画では、毎月ごとに気になった時事ネタを取り上げ私なりの意見を書いてみたいと思います。トピックスということではホームページアップと時間のずれがあるかとは思います。その点は十分に考慮して題材を選んでいきたいと思います。

私が選んだテーマ(社会に起こる出来事やニュース)を皆さんにも追体験していただきながら、いろいろな視点から「一緒」に考えていただけたらと思っています。連載期間としては半年を予定していますのでよろしくお願いします。

 今月の気になるニュース ~日本ボクシング連盟の問題

◆ 私にとってのボクシングとの出会い

私が高校時代、「ロッキー」という映画がつくられました。ハリウッド映画としてはお金もかけていないし、ストーリーも単調だと一部評論家も言っていましたが、結果的に大ヒットしました。この作品を作った無名の監督は、正にアメリカンドリームを果たしたのですが、同時にこの映画で、ボクシングとは如何に実力がものいう世界ということを示し、このスポーツが脚光を浴びることになりました。

◆ 日本ボクシング協会で何が起こったのか ~マスコミ報道から

今回のこのボクシング連盟の問題のポイントは、組織の中で、ある特定の人物が強大な力を持ち乱用し、物事をゆがめたのgahag-010698ではないか?ということです。具体的には、日本ボクシング協会の会長が不適切な助成金を流用したことやインチキな審判をするよう働きかけたことという二つの疑惑です。但し、私自身はマスコミ報道の扱いにも問題があって、会長の人物像を面白おかしく扱って、焦点がぼやけてしまった感じもあります。

インチキというのは、会長が判定を自分が推すボクサーに判定で勝つよう圧力をかけるということです。先日以来、問題となっている「忖度(そんたく)」があったかということです。「忖度」の意味はもともと「他人の心中をおしはかること。推察。(広辞苑 岩波書店)」とあります。「相手の気持ちを妙に配慮する」という最近はやりのこの言葉は、悪い意味で使われることが多いように思います。少し前に流行った「空気をよむ」と同様な言葉で、現代社会を象徴するもののような気がします。

さて、話を戻しますと、少し前になりますが、日大アメフト部での問題は監督、コーチが自分のチームの選手に相手にケガをさせるように強要した事件もありました。プレイに関わらない選手に後ろからタックルする映像は何度となくテレビに流れました。ケガをさせた選手が一人で真実を述べるという記者会見を行い、監督、コーチは懲戒免職というかたちで終わりました。これなども監督という立場を使った権力の濫用といえるのではないでしょうか?

結局、この問題は複数の人の告発というかたちでマスコミに取り上げられました。

権力が集まる中枢の人物が現場の人(日本ボクシング協会では審判、日大アメフトでは選手)に圧力をかけても、それを告発する人がいるという精神風土が日本にはまだまだあることはせめてもの救いでありました。

◆ 日本の闇は、他人事ではないかも?

最近読んだ小説で池井戸潤の「空飛ぶタイヤ」というのがあります。映画にもなった作品です。不良部品によって大事故が引き起こされましたが、その欠陥をひた隠しした大企業である自動車会社と、整備不良を疑われた中小運送会社の社長の戦いの物語です。社長である主人公の正義感が何度となく折れそうになりますが、最後には勝つという話であります。

先ほどの話ではありませんが、自動車会社といういわば大権力との戦いでもあり、この小説に人気が集まるのは、日本人の間ではこの手の話がそこらにへんに転がっていることの証左であるのかもしれません。

私の働く福祉の世界ではこういうことを耳にすることはあまりありませんし、実経験もありません。ただし、精神医療・病院の場合はどうなのでしょうか?

かなり、最近は医師と患者の間ではインフォームドコンセント(説明責任)などがすすんできて、比較的対等な関係になってい無題るような気がします。丁寧な説明をしてくれる先生、優しく接してくれる先生も増えてきているような気がします。しかし、そもそも医療には医師を頂点としたヒエラルキー(ピラミッド型の階層)があるといわれています。例えば、山崎豊子の「白い巨塔」には医学界に関わる人物の傲慢さやいやらしさなど、理想的な医者の人や裁判でやむにやまれず偽証した医者が最後には真実を言うすがたも思い出されます。これはなどは極端かもしれませんが、「医療における権力構造」の一端を見た思いがしました。もちろんこれは小説の世界でしたが。

ヒエラルキーは緊急時の人命救助など、治療に対して、組織が同じ方向を向くための指示系統の仕組みとして医療の中に作られているのだと、いい意味で解釈しています。しかし、その仕組みが少なくとも私たち治療を受ける者にとって権威的ではなく(医師からの一方的なものではなく)、しかも治療上の不利益にならないという視点で見ていく必要があるのではないかと私は考えました。

そのように考えると、ボクシングの問題も日大のアメフト問題も私たち精神障がい当事者にとって、全くの他人事ではないように思います。

皆さんはどう思われますか?

(了)

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