『往復書簡 1 – 櫻井博 と 荒木浩』 Part ⑫ “誰にとっても、選んできた「人生に間違いはない」 -荒木 浩からの手紙”

法人本部 2018/03/28

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

誰にとっても、選んできた「人生に間違いはない」

前略
櫻井 博 さま

寒い冬もいつの間にやら消え去り、冬には気にも留めなかった木々に赤やピンクが色づいているのをみて、気持ちまで暖かくなるのを感じます。

さて、この往復書簡も秋に始まり半年がたとうとしています。少し大げさに書かせていただくと、文章を書くということは身を削り取るようなものだとつくづく感じさせられたものです。自身の内面を描く行為は、例えるならば、鉛筆の黒い芯の部分を削っているようなものだという感覚です。私の場合、太い芯があるわけではないので、ゆっくり、そろそろと削らないとポキッと折れてしまうのではないかと思います。まあそういう意味ではこの半年の間にただでさえ細い芯を結構を削ってしまったので、近々この書簡の幕引きを考えたいと思っています。芯の太い櫻井さんには、誘っておいて申し訳ないのですが。

さて、櫻井さんの前回のお手紙の最後に「荒木さんは幸せですか?」という世にも恐ろしい質問をいただきました。櫻井さんにはどのように映りますか? 想像ですが、多分私のまわりの方には「荒木さんは幸せだよね」と言ってくれると思います、何となくですが。少し楽観的すぎますか?

往復書簡 01 荒木浩と櫻井博

荒木 浩

 

 本心はどこにある?

話は少し脇道に入りますが、私は「富士山」が大好きです。告白すると5回ほど登頂しています。でも富士登山が楽しいと感じたことはこれまであまりありません。7合目あたりからの急登にしても辛いという思いこそすれ、山頂での眺めが「こんなにも素晴らしい」なんて感じたことは正直ありません。いわんや登り切ったという達成感なんて沸いたことがほとんどありません。山頂からの景色に関していうと、ガスっている(くもっている)ことなど2度ほど経験していますし、「ああそうですか、こんな風景なんですね」という程度です。「これぐらいの風景ならほかにもあるよ」とも思います。櫻井さんはこんな言葉聞いたことがありますか?「富士山に2度のぼるバカ」。これは「『一度は経験』と登るのはいいけど、あんなつまらない場所に辛い思いをして二度も行くのは馬鹿だよ」ということらしいです。言いえて妙だと私は思います。

それでは「いったい富士山の何が好きなの?」と問われると、即答で「富士山のある風景が大好きです」と答えます。「私は日本人だ」という意識の欠如は、オリンピックやWBCといったイベントに全く興味がないことからも明らかなのです。

しかし富士山のあの端正な山容を望むどんな景色も素晴らしいと感じます。なけなしのお小遣いで一眼レフのカメラを購入した動機の一つにもなっているほどです。

繰り返しになりますが、登る富士山は好きではないけれども、観る富士山は大好きなのです。

と、ここまで書いたときに私を知る人からは「『辛いし、景色も良くないし、臭いし』なんてこと言っても、5回も登っているのだから登るのも好きなんでしょ」と突っ込まれます。このようなツッコミを受けて思考停止する私は、実は「富士山に登るのも好き」なのかもしれません。案外、他者の目でみて感じた「あなたって実はこうだよね」と言われてしまう評価の方がその人の本心や本質(あるいはその一部)を正確に言い当てているのかもしれませんね。

 主観と客観の際で自分を探す

そういう意味では、食べ物の嗜好などは別にして、「好き」と「嫌い」などという感情は案外表裏一体なのかもしれません。前回の手紙で櫻井さんから「荒木さんは幸福ですか?」という問いかけをしていただいたわけですが、その答えは「私はなかなか実感しにくいのだけれども、(他者からそう見えている以上)実は今、幸せといえる」のかもしれませんね。

但しこの回答では、櫻井さんの問いを少しはぐらかせたようなところもあるかもしれないので、真面目に補足しておくと、「死を迎えた瞬間に『私の人生は幸せだった』と感じること」が私の生きる上での一つの目標なのですよ。言うは易しですが…

このように自分の事ながら、正解を持ち合わせていないことや明確に理解していないことは往々にしてあると思います。例えば何かに対して「いったい私は好きなのか?嫌いなのか?」という迷いに始まり、「一体自分は何を考えているのだろう」、そして「私はどのように生きていけばよいのだろう」ということにまで思いを巡らすことを「自分探し」というようですが、これはある時期、濃厚に必要だと感じています。せっかくこの世に生を受け、たった一度の人生を通じて「自分」のことを深く理解したいと思う気持ちは誰もがあるべきだと思います。勿論、障がいの有無に関わらずです。

 でも、一度きりの人生だから走り出してみる

とはいえ、少しだけ年齢を重ねた今、私から言えることは「自分探し」は頭の片隅に置きながら、ともかくも考えたことを身体化することも大切なことなのではないかと思います。先ほどの話で言うと「好き」か「嫌いか」というような解かりやすい感情でさえも、深く考えれば考えるほど曖昧になっていきますし、そこには絶対というものはないと考えるからです。今勤務しているピアスでは、メンバーさん(利用者)が就職準備訓練のなかで自己と向き合い、理解し、葛藤しながら行きつ戻りつ受け入れようとする姿勢、歯を食いしばって通ってくる姿勢には感銘を受けることしばしばです。

私も頭でっかちになってしまうところがありますが、「ムーブ!(動こう!)、ムーブ!」と自分を鼓舞して、迷いを片隅において動き始めるようにしています。外国映画の観すぎでしょうか(笑)

こんなことを書いていると、「今年も富士山に行きたいなぁ」なんて考え始めました。6度登る馬鹿も突き抜けていて面白いかもしれません、一度きりの人生ですからね。

そう「一度きりの人生だから…」という言葉は、私の中では字づらだけではない重みのあるものになっています。櫻井さんにとってもそうだと思いますが、いかがでしょうか?

草々

荒木  浩

「手紙」を交わすふたり

櫻井 博

1959年生 57歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ(ピアスタッフ)

大学卒業後、職を転々としながら、2006年棕櫚亭とであい、当時作業所であった棕櫚亭Ⅰに利用者として通う。

・2013年   精神保健福祉士資格取得
・2013年5月  週3日の非常勤
・2017年9月  常勤(現在、棕櫚亭グループ、なびぃ & ピアス & 本部兼務)

荒木 浩

1969年生 48歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 副施設長

福岡県北九州市生れ。大学受験で失敗し、失意のうち上京。新聞奨学生をしながら一浪したが、ろくに勉強もせず、かろうじて大学に入学。3年終了時に大学の掲示板に貼っていた棕櫚亭求人に応募、常勤職員として就職。社会はバブルが弾けとんだ直後であったが、当時の棕櫚亭は利用者による二次面接も行なっていたという程、一面のんきな時代ではあった。
以来棕櫚亭一筋で、精神障害者共同作業所 棕櫚亭Ⅰ・Ⅱ、トゥリニテ、精神障害者通所授産施設(現就労移行支援事業)ピアス、地域活動センターなびぃ、法人本部など勤務地を転々と変わり、現在は生活訓練事業で主に働いている。

・2000年   精神保健福祉士資格取得

もくじ

  • 『往復書簡 1 – 櫻井博 と 荒木浩』
    Part ⑭ “タイトル未定 – 荒木 浩からの手紙”
    👉
    2018年4月25日(水)公開予定

 

Photography: ©宮良当明 / Argyle Design Limited

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