今年もお世話になりました~冬休みのお知らせ(事業所一覧)~

法人本部 2018/12/28

多摩棕櫚亭協会の各事業所のお休みは、以下のとおりになります。

 

冬休み開始日 冬休み終了日 開所日
オープナー 12/29【土】 1/6【日】 1/7【月】
ピアス 12/29【土】 1/3【木】 1/4【金】
なびぃ 12/29【土】 1/4【金】 1/5【土】
棕櫚亭Ⅰ 12/29【土】 1/6【日】 1/7【月】

 

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寒い日が続きます。特に年末には寒波の予報が出ています。くれぐれもお風邪等ひかぬようにお過ごしください。

新年度も、多摩棕櫚亭協会をよろしくお願いします。

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会 職員一同

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【メンバー自主企画】パーティーを楽しみました♪

ピアス 2018/12/28

images (1)「クリスマスパーティーをやろうと思ってるんだけど、一緒にどうですか?よければ何か音楽もやってほしいんだけど。」

「そういう時って、ピアスの場所借りられますか?」

お誘いと相談を受け、一緒に楽しんでほしいという思いで誘ってくれたその気持ちに素直に応えたい…一緒にやりたいな。来る予定の方の中には、ピアスに関わっていらした懐かしい名前もちらほら。そんな方たちにもぜひ会いたい。せっかくならピアスという場所でやって欲しい。そんな思いから私も参加することにしました。

企画は提案を受けて相談しながら(でも基本的にはここだけは守って欲しい事だけを伝えて)決まって行きました。
当日は、私たちスタッフからは3人参加。曲を決めて、やるならちょっと練習を…と早めに集まったのですが、今回の会のテーマは「Stop!(無理をしない)」だから、練習しちゃダメですよ!と笑顔で注意を受け(笑)、でも不安なのでやらせてもらいました。
会が始まると、入れ替わりはありつつ、ピアスの現役の利用者さん、卒業した人、企画者の友人、近所の人、遠くの人…15人ほどの方が参加者していました。趣味で撮った映像を観たり、演奏したり、歌ったり…。みんなで喋って、歌って、食べて飲んで(ソフトドリンクですが)笑いあって、楽しい時間はあっという間に過ぎて行きました。

利用者さんの発信で企画され、声がかかって集まりたいと思った人が集まってできた会。だからこそ、心底楽しめたのだと思います。趣味の話や共通の話題で盛り上がったり、また、久しぶりにあって近況を教えて下さったり、心配事を話してくださったり、いいことも悪いこともざっくばらんに話せていたように思います。ここに来ればホッとできる、ちょっと元気が出る。

ピアスはそんな場所でもあり続けたいと思いました。

ピアス 増田 静枝

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昭和記念公園のイルミネーションを見に行きました!

棕櫚亭Ⅰ 2018/12/28

クリスマス当日の12/25、イルミネーションを見に昭和記念公園まで行ってきました!

クリスマス当日ということもあり混雑していましたが、ここ数年の恒例行事でもあり、みなさんたのしみにされている行事のひとつです。

HP用② HP用①  HP用④

HP用③ HP用⑤  HP用⑥

今年も綺麗なイルミネーションをみんなで見れて、心があたたまりました(*^_^*)

そして棕櫚亭Ⅰは12/29から1/6まで冬休みに入ります。
本年もお世話になりました。
また、1/7よりよろしくお願い致します。

【12/25締切ました】精神障害者就労定着支援連絡会 第3回セミナーのお知らせ

オープナー 2018/12/25

今年度よりオープナーでは東京都福祉保健局による「精神障害者就労定着支援連絡会」を事業受託しています。

8月30日、10月31日の2回は統合失調症をはじめとした精神障害、発達障害を知るセミナーを開催してきました。毎回満席を頂き、ありがとうございます。

つづくシリーズ第3回は、「働く当事者に聞く! 働く準備と職場定着について」と題し、基礎知識からは一歩進んだ、病気や障害と付き合いながら働いている当事者から学ぶセミナーを開催致します。

第1部 「働く当事者に聞く!」 ~私の病気と障害~

講 演 : 当事者講師 (オープナー利用メンバー)

第2部 「働く当事者に聞く!」 ~準備と定着とは?!~

講 演 : 当事者講師 3名、 オープナー職員

・日時  2019年1月18日(金) 13:30受付 14:00~16:00
・場所  立川グランドホテル 4階 カルロ
・対象者 精神障害者の方をすでに雇用している企業担当者、これから雇用しようとしている企業担当者、就労支援機関(就労移行支援事業所)
・定員  75名
・申込〆切 12/25(火)に申し込みを締め切りました。ありがとうございました。

詳しくは以下をご覧ください。

精神障害者就労定着支援連絡会 第3回チラシ

忘年会をしました!【1月の予定をお知らせします】

棕櫚亭Ⅰ 2018/12/25

12/21(金)に毎年恒例の忘年会を行いました。
今回は26名というたくさんのメンバーさんに参加していただき、大盛り上がりで一日が終わりました。

この日のメニューは【手巻き寿司・ほうとう・からあげ】。
デザートには【ケーキ・りんご・いちご・お茶菓子】と豪華なお食事でした(*^_^*)
毎回お世話になっている杉田先生にもお手伝いいただき、朝から準備をしました(^^)/

HP用④
みんなで食べるごはんはより一層おいしく、とても充実した時間となりました。

その後は出し物タイムです。
ピアノの連弾を披露してくださったり、川柳を披露してくださったり、スタッフはハンドベルできらきら星を演奏しました。

HP用⑤

HP用③

その後はじゃんけん大会!勝った3名の方には豪華賞品もプレゼント!
HP用①

 

 

 

実に大盛り上がりでした(^O^)♪
3名の方、おめでとうございました!

そして最後は、みんなで「世界にひとつだけの花」を歌い、集合写真を撮ってお開きとなりました。

去年・一昨年と、外部のレストランを借りて忘年会を行っていたのですが、今年は久々の棕櫚亭Ⅰ内での忘年会となり、暖かいムードの素敵な忘年会になりました。

今年もたのしく明るく、年末を迎えることができました。
今年も1年ありがとうございました。
そして、1月は大國魂神社への初詣や初釜など、またまたイベントが盛りだくさんの1か月となる予定です。

2019年もどうぞよろしくお願いいたします。
※12/29(金)~1/6(日)まで、年末年始のため閉所となります。

1月の予定表はこちら→1月月間予定表

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【連載】時事伴奏④~ニュースと共に考える

そのほか 2018/12/21

平成最後の年は、多くの天災が起きました。6月は西日本を襲った豪雨、9月6日には北海道でM6.7の北海道胆振東部地震といずれも大規模なものでした。

先日棕櫚亭では施設ごとに防災訓練を行ないました。その中で、スタッフから「家族でどこに集まるか事前に決めておきましょう」というアドバイスがでました。確かに家族皆ばらばらでは安否の確認がしようがないと思いました。私も就業後、自宅近隣の集合場所を確認しましたが、公園やら中学や小学校など避難場所に指定されそうな場所が等距離にあり、「いったい避難場所はどこだろうか?」と、改めて私も家族も知らず、確認していなかったことに愕然としました。

「震災(災害)は忘れた頃にやってくる」と、よく母に言われましたが、現在では震災は、次々に起こり日常生活ととなり合わせという意識を多くの人がもっていると思います。本当に次々と日本各地で起こりうるので、全く他人事とは思えません。

最近私は阪神淡路大震災の真実を検証した「震度7(NHK出版)」という本を読みました。阪神淡路大震災は都市型大地震と言われ、私たちの住む東京という街に大地震が発生した場合、私たちがどう乗り超えるかのヒントになると考えたからです。この本の内容に触れながら、私の考えを少しお伝えしたいと考えています。

尚、震災に対する棕櫚亭の取り組みを本部の災害担当で主任北村さんより伺いましたので、併せて最後に紹介したいと思います。

5036人の犠牲者がでた※1「死体検案書」のリストを調べるといろいろなことが見えてくる。犠牲者が集中するのは全壊した家屋。家屋の下敷きになるなどして、およそ4000人が亡くなっていた。多くは瞬間的な死を意味する「圧死」ではなく、「窒息死」だった。

※1「死体検案書」とは人が亡くなった時、法律で作成が義務づけられている文書で、医師が遺体の状態を直接調べ死因や亡くなった場所、死亡時刻などを詳細に記入した文書。窒息の原因は胸や腹の上に、重量物、例えば柱や梁などが載り、横隔膜や肺の動きが止められ呼吸ができなくなる。「当たり所」次第で生死の運命が決まる耐震補充など、事前の備えが何より大切。

(中略)

地震による窒息死の悲劇を防ぐ確実な方法はある。「建物の耐震化」だ。東日本大震災にもあったが、※2通電火災も死因の大きな原因になる。

※2「通電火災」とは電気の復旧とともに電気製品から出火する現象のこと。

この本を読む以前になるのですが、私の自宅も半世紀近く住んでいるので、耐震工事を行ないました。この工事を行う前に行った診断では「この家は震度7では倒壊のおそれがある」と言われました。周りにある住宅は新築で鉄筋ですが、私の家は木造でしたので、基礎の部分からやることになりました。

工事の途中見学に行きましたが、すじかいを入れる為に壊した家屋をみると、いろいろ困ったこともわかりました。例えば柱がないため、中央がゆがんでいるとかです。

木と木の間に留め具をいれたり、コンクリートを流し込む大掛かりな工事になりました。今年の末には終了する予定です。

再び、「震度7」の一部を紹介させていただきます。

日頃の「暮らし方」や「住まい方」に気を配ることも欠かせない。(徳島大学)西村明儒教授は次への備えを確実にしていくことが、生き残った者の責務だ。

防災という意識を強くもった今年一年でした。過去を振り返って、阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震などに代表される大震災を経てきたわれわれに今できることは震災に「備える」ということであり、教訓から学んだ者の責務だと考えました。

皆さんも暮れに向け、今一度災害に対する備え(例えば避難場所や備品等)を確認してみてはいかがでしょうか。

さて最後に、法人本部主任北村さんからいただいたメッセージを読んでみてください。

今年の5月に国立市防災安全課の方からお誘いをいただき、震災後の帰宅困難を想定した宿泊訓練に参加してきました。炊き出しや救援物資の準備、段ボールを使ったパーソナルスペースの確保などを行い、実際に小学校の体育館で一晩泊りました。消防署の方も来ていて印象的だったお話しは「倒壊の恐れがない場合、地震で家具が散乱していても自宅で過ごせるようでしたら、自宅で過ごすことをおすすめする」と、言われたことです。

その理由は避難所の生活が長くなればなるほど疲労やストレスがたまるからです。避難所のほうが安心できるように思いますが、普段自分が目にしている見慣れたものに囲まれている環境のほうが安心感をえられるということでした。

家庭では少なくてもライフライン復旧まで自宅で過ごすことができるぐらい、最低限のできる準備をしておくことが大切だと感じました。

震災はいつどこで起きるかわかりません。家が倒壊していなくても帰宅困難になる可能性は十分にあります。

棕櫚亭も宿泊を想定して、食料品や簡易トイレ、毛布などの災害用備品を用意しています。

すこしでも混乱が避けられるように防災マニュアルも完備しています。順次更新もしています。またブロック塀の安全点検(6月に起きた大阪での地震により、小学校においてプールのブロック塀が倒壊し、その塀に挟まれて女子児童が亡くなられた事故をうけ)家具転倒防止など、災害用備品以外の取り組みも行っています。

ダウンロード (1)

 

去りゆく平成最後の年に選ばれた「災」の文字に別れを告げ、新年を迎えたいと思います。少し早いですが皆さんも良い年をお迎えください。

 

今年一年時事伴奏にお付き合いいただき本当にありがとうございました。

ピアスタッフ 櫻井 博

(了)

職員研修 救命救急(AED)研修を行いました!

法人本部 2018/12/18

12月14日(金曜日)リコージャパン株式会社の成瀬治一さんを講師にお招きして職員の救命救急(AED)研修を行いました。

ちなみにAEDとは、心肺停止(呼吸をしていない)状態にある方の救命に使用する、オレンジ色の機器のことを指します。

今回の研修では、119番通報してから救急隊(救急車)が到着するまで【平均到着時間8分】の迅速な救命処置で生存率が大きく変わることを教えていただき、救命救急処置の大切さを実感しました。

具体的には、”救急教育用人体モデル”を実際に使って「倒れている人の意識確認・呼吸確認の方法」、「救助者自身の身を守る安全確認」、「効果的に周囲の人へ協力を求める方法」、「AEDの具体的な使い方」、「胸部圧迫の方法」など細かな点を教えていただきました。
職員からは様々な状況での具体的対処方法に関する質問が多く出ましたが、対処方法を丁寧に答えていただき有意義な研修となりました。

AED救命救急研修2018.12.14AED救命救急研修2 2018.12.14AED救命救急研修3 2018.12.14

 

 

 

 

AEDは胸部圧迫処置(中央の写真にあるように胸を強く手で押すこと)と両方を行うことで有効的な救命になるなど、講習を受けて初めて知る情報も多く、昨今の災害等の報道の多さから考えても職員の備えの大切さを実感しました。職員一同学んだことを生かして今後に備えたいと思います。

参考までに谷保駅近辺に設置されているAEDは、ピアス・谷保駅など3箇所になります。

皆さんも有事の際に備えて「日本救急医療財団全国AEDマップ」で、お住まいの地域のどこにAEDがあるかを確認することをお勧めします。

篠原 洋子

 

 

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なびぃ通信12~1月号をお届けします

なびぃ 2018/12/11

なびぃ通信12~1月号

12月も半ばを過ぎてやっと冬らしい陽気になってきました。夏が暑い年は冬が寒い、なんていう話しも聞きます(事実かは知りませんが・・・)。今年の冬は寒さが厳しくなるのでしょうか?

さて、今回のなびぃ通信は年末年始のお休みを含めた12月~1月の予定を掲載しておりますのでご確認ください。

また、特集は「福祉サービスの利用について」です。実際に最近、申請手続きや利用された方の体験談も交えた分かりやすい内容になっていますので、これから利用しようかなと思っている方、今まで手続きしたことないなという方のご参考になれば幸いです。

日に日に寒さが増しています。みなさまくれぐれもお体大切にお過ごしください。

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特集/連載 Part ❻『ある風景 〜共同作業所〈棕櫚亭〉を、私たちが総括する。』 “Keywordは、「就労」「ピア」「生活」「食事」…かな。”

法人本部 2018/12/07

ある風景 ~共同作業所棕櫚亭を、私たちが総括する。

Keywordは、「就労」「ピア」「生活」「食事」…かな。

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会
障害者就業・生活支援センター オープナー 森園 寿世
(精神保健福祉士)

違和感 ~ 精神科病院での実習

私は福祉の仕事に就くために、福祉系の学校に進学し、そこで実習先に精神病院を選んだことから、今の仕事とつながっていくことになりました。

その精神科病院での実習は女性の半開放病棟で行なうことになりました。
学生実習なので、当然夕方には終了するのですが、半開放病棟を出て、事故も無く終えたことにホッとした瞬間、背後でガチャンと重い扉と鍵のしまる音にドキッとしたことは今でも鮮明に覚えています。

また、病棟では、看護婦長が入院患者さんたちを対象に料理教室を開いていました。
看護婦長は一人で手早く料理を進めて、患者さんたちは手持ちぶさたです。
料理教室なのに、なぜ患者さん達に料理をさせないのかを聞いた時に、「この人たちは普段から『ああしろこうしろ』と言われているので、この時間くらいは、何もしないでいいようにです」と返ってきた答えに、なんか変、それはおかしいという違和感が心に芽生えました。

また、同じ看護婦長から、「この人たちはもう退院できるはずなのに、家族が受け入れを拒否しているから、ここにいるしかない」という事も聞きました。
自分の中のちっちゃな正義感みたいなものがうずいた大きな体験でした。

学生実習では色々な感情に揺り動かされました。そしてこの空間がもたらす違和感のようなものが私の心に、こびり付いたような、そんな感情も生まれました。

棕櫚亭との出会い

卒業後は、精神に携わる仕事に就きたいと精神科病院の就職を希望し、門をたたいたものの、残念ながら機会は得られませんでした。一方地域に目を向けた時、当時はまだ精神衛生法の時代、作業所といわれる施設はほんの一握りでした。

学校を卒業してから更に10年、時代は衛生法から精神保健法に変わっていた頃、棕櫚亭の求人情報と出会いました。応募の電話を入れたところ、「まずは棕櫚亭Ⅰ(国立市・谷保)に来てメンバーと一緒に作業実習をやってみて」と言われ、尋ねたところは、古い一軒家の広い民家でした。

ウエス(雑巾)作りや昼食作りのグループに別れて、にぎやかに作業をしていて、代わる代わるメンバーさんが私に話しかけてきてくれました。主に、年上の穏やかな男性メンバーさんが、この棕櫚亭の説明をしてくれました(後にこのメンバーさんはSSクラブ [生活就労支援部 1] のリーダー役になる方でした)。この日、あんまり職員の方とは話した記憶はありません(笑)。作業所は学生時代に実習をした精神科デイケアの雰囲気より、もっともっとフランクな雰囲気でした。この作業所の中では自分の中に芽生えた違和感が少しずつ払拭されていく感じがしました。

作業実習後の二次面接の日程は、「追って連絡する」と言われていました。ところが、私は自分の履歴書を渡し忘れたまま帰ってきていました。そのうえ、渡し忘れていることさえも忘れていたのです。その後、奇跡的に前理事長の天野さんが、住所も電話番号も判からない私を探しあててくれたのです。そんな間抜けなことをする人間によく働く機会をいただけたと思いましたが、反面「これは天命かもしれない(笑)」というくらいに感動しました。そして、今もこの棕櫚亭で働いています。

※1…SSクラブでは先駆的に「精神障害者の生活と就労を考えるプログラム」を提供していました

「どんな仕事をしたいのか?」自己に向き合う

二次面接を経て無事採用後、「喰えて、稼げて、寛げて」をコンセプトにしていた棕櫚亭Ⅱ(だいに・当時立川にあった作業所)に配属されました。再開発され始めたばかりのファーレ立川の近くにある手狭のアパートの一室。タバコ部屋もあって茶色い壁とタバコの臭いを思い出すと今も鼻がむずかゆくなります。この棕櫚亭Ⅱは開所当初から「働いて稼ぐ」ことを目的にした作業所でした。精神障害者が社会で働くなんて一般には想像できない、この時代に、棕櫚亭ではすでに打ちっぱなしのゴルフ練習場の早朝の集球作業をメンバー数人で取り組むグループ就労が行われていました。

20181205130125ほとんどが私より年上の男性メンバーさん方で、喧嘩もあれば、ちょっと女性が聞き辛い話(今で言うセクハラ 話?)もありました。働くことを目指すといっても、作業が終わるとマージャンを毎日のようにやっていました(近所のおじさんたちの集まるサロン!?)。でも、麻雀牌を捨てながら、誰かが「家族とうまくいっていない、そもそも自分の病気のせいで、家族に大変な思いをさせてしまった、だからいま寂しくても仕方がない」なんて話し出すと、そうだよな…… Aさんは大変だよなぁと相槌を打ちながら聞いてあげています。
当時の作業所には面談室もなく、職員とメンバーとの相談はリビングです。聞くともなく他のメンバーさんも相談話しが耳に入ってきたり……。メンバーにとって、自分の家のように思える場所を、スタッフと一緒に作っていたように思います。

その中で、私もまた彼らとの向き合い方を考え始めるのですが、「職員の役割は何なのか? 」「メンバーと私が違うのは、車の運転をする事と作業所の会計の仕事をする事だけなのか?」……。
なぜ仕事として彼らに関わりたいと思ったのか悩み始めることになりました。

それからまもなく、時代は精神保健福祉法となり、精神障害者保健福祉手帳制度が創設されました。作業所では、メンバーさんを集め、手帳に関する勉強会などが始められました。
そして、棕櫚亭にはSSクラブ(生活就労支援部)が作られました。
SSクラブは、仕事やピアカウンセリング(当事者同士によるカウンセリング)について学んだり、「働くこととは自分達にとってどのような意味があるのか」などのディスカッションしたり、活気のある場でした。
ある時、メンバーさんに限らず、職員も「自分はどんな支援がしたいのか?なぜそう思うのか?」というテーマで一人一人プレゼンをする機会がありました。
その場で、私はうまく話すことができませんでした。改めて自分の考えをきちんと話せない自分にとてつもなく落ち込んだのを覚えています。
むしろ、メンバーさん達の頑張りを見れば見るほど、またもや自分の役割や何をするべきなのか、自分の生き方は何だろう。私は、何をしたいのだろうと。自己と向き合うことが益々多くなりました。よもや30歳を過ぎてこんなに迷うとは思っていませんでした。
また、ある日、先輩職員から「勤務時間でない時間でもメンバーとどう関わっていけるかが大事」というアドバイスをもらいました。とても大切なメッセージをもらったと思っています。

棕櫚亭の作業所を象徴するword

時代は自立支援法、障害者総合福祉法と移り、こなさなければいけない業務量も事務量も増え、メンバーとの関わりの時間もタイトになってきました。例えば私の関わる就労支援では、企業の参入など目まぐるしい動きの中で、福祉がサービス化されていく流れがあります。時代の流れの中でものごとを見失いそうになるときもあったりします。そして、難しくなってきた支援自体に行き詰ることもあります。
その中でも、私を受け入れてくれるメンバーやスタッフの懐の深さに救われながら、仕事を続けられています。私も気がつけば棕櫚亭のキャリアも長いほうの部類に入ってきました。たくさん語りたいことはありますが、紙面の関係もあり書き尽くすことができません。従って私が考える、棕櫚亭を象徴するKeywordをお伝えしたいと思います。このwordは今もこの棕櫚亭に息づいていると思います。

私なりに受け取ったそのwordの意味が、作業所から始まる棕櫚亭の理念につながっているのだと思います。それを紹介して私の文章の締めとさせていただきます。

「就労」とは…自己実現の機会を作ること。
「ピア」「生活」とは…一人にしない。支えあうこと。

メンバー一人ひとりに丁寧に関わっていくことなど創設当初から変わらず、いまも引き継がれている棕櫚亭の大切な骨組みです。

そうそう、それから

「食事」もでした。
当初から、皆でご飯を作って一緒に食べることにこだわって、今でも続けている大切なプログラムです。
同じ釜の飯を食うのも、実は一番大切なことのひとつなのかもしれませんね。

 

当事者スタッフ櫻井さんのコメント

森園さんのキーワード4つが息づいている棕櫚亭という法人が法律の改正とともに歩んできた姿が、手に取るようにわかる文章でした。現在法人のベテランに属する森園さんが、履歴書を出し忘れ、そのこと自体忘れたのに、天野理事長はどうやって探しあてたのだろうそんな疑問もわいてきます。昔のメンバーさんが自分の家のように感じて居場所にしていた棕櫚亭も、多くの人が行き交い、自身を社会へ飛び出させていった場所を今、訪れてみれば隔世の感もあるかと思います。でもその時代一緒に生きたスタッフは健在で、あの頃に話の華を咲かせることができるのも棕櫚亭の良さかと思います。あの頃指導していただいたメンバーの皆様も時々遠い日を目を細めながら思いおこしながら、今を生きている。そのようなメンバーさんの集まりが30周年の記念行事であり、再会し、ピアスで語りあった日々であることを考えると、歴史の重さを感じざるを得ません。この「30年にわたる思い」は今に至るまでずーっと脈々と生き続けています。ひしひしと感じながら今回読ませていただきました。

編集: 多摩棕櫚亭協会 「ある風景」 企画委員会

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