特集/連載 Part ❿『ある風景 〜共同作業所〈棕櫚亭〉を、私たちが総括する。』 “贅沢な時間をすごせた時代 切り取ることができない大切な時間”

法人本部 2019/03/08

ある風景 ~共同作業所棕櫚亭を、私たちが総括する。

贅沢な時間をすごせた時代 切り取ることができない大切な時間

社会福祉法人 多摩棕櫚亭協会
障害者就業・生活支援センター オープナー 主任 川田 俊也
(精神保健福祉士)

 「どうして精神分野で働くことになったのか」今振り返る

思えば、物心ついた頃から僕の周りには障がいのある方がいて、彼らが地域で暮らしていることが当たり前の生活で育ってきたように思います。聴覚障害者の親戚、脳性まひがある幼馴染、そして同じマンションには気分障害の方がいて、彼らとの関わりの中で、戸惑い、何か自分にできる事はないか? どうしたら彼らの手助けができるのだろうか? などと子供時代を過ごしているうちに、気がつけば大学では心理学を専攻していました。
授業を受け、やがて教授の助手としてカウンセリングに同席し始めると、訪れる人達をみて更にいろんな思いに駆られるようになりました。
例えば、カウンセリングの間、顔色を変えず全く笑顔を見せないAさんは、どのような気持ちで座っているのか考え、気がつくとAさんをじっと見つめている自分に、はっと気がつくのでした。このようなことを繰り返すうちに、まぁ何はともあれ「Aさんの笑ったところをみてみたい! 笑わせたい! なんとかしたい!」と感情がわいてきたのを今でも思い出します。
「もう少し踏み込んで彼らに関わっていきたい」 そんな自分の心境の変化が芽生えるのも時間の問題で「もっと精神障がいのある方とかかわりあえる仕事につきたい」と考えて精神保健福祉士の門を叩きました。今ここにいるのは、このような経緯なのです。

私自身何でも全力投球して目の前のことに没頭してしまう性格でした。いまでこそ主任という立場になり、何か起こってもそれなりに落ち着いて対処することが普通になってきましたが、昔は体育会系ののりでとにかく動いてしまうことが多かったように思います。そんな私がどちらかというと文化系の臭いを纏う(まとう)棕櫚亭と出会ったのは、学生時代に実習したことに始まります。ともかく一生懸命やっている姿が評価されたのか(笑)縁あってその後棕櫚亭で働くことになりました。最初は週一回のスポーツプログラムを担当する非常勤職員として勤務がはじまりました。アルバイトでスポーツインストラクターをしていたのもよかったのかもれません。

メンバーさん達からしてみれば、「こういう職員って嫌だよなぁ」と今なら思っただろうし、「よく棕櫚亭は採用してくれたよなぁ」 と思うときがあります。
そのころ思っていたことは「精神障害者をなんとか普通の生活ができるようにしたい」、「健康にさせたい」という気持ちが強く、思いだすと「思いあがった新人」という感じがして今顔が赤らむ思いがします。もし、自分と同じような新人がきたら「頭でっかちになるな!」と言うと思います、間違いなく(笑)。

自分は精神疾患に対して偏見みたいなものはないと考えていました。しかし、地域で生活している人というよりも、「病者」と感じ接していることがあったことを考えると「偏見がなかった」といえるかは、今となってははなはだ疑問に思うところです。勿論、今はそんな考えが間違っていることは重々わかっています。

この仕事を続ける上で、切り取ることができない大切な時間

連載されている「ある風景」の執筆依頼があって、構想を練っている時に自分には「ある風景」をひとつには絞れないと思いました。考えれば考えるほど、「この日、この場所、この場面」ひとつひとつをとってみても、真剣勝負で濃密な時間を過ごしていました。

ベランダの喫煙所で「おい! 川田! お前は間違ってる」とタバコを吸いながら本気で叱ってくれたUさん、夕方、お茶をしながら「息子のように育てたいのよ」と話してくれたKさん、ソファで相談にのってもらいながら「大丈夫!なんとかなる」と励ましてくれたKさん、市民祭や一泊旅行の実行委員を担当したとき、「一緒にやれてよかった!」と話してくれたYちゃん、送別会を開いてくれたとき、ハグをしてくれたSさん…… 数え上げれば切がないほどのメンバーさん達の顔が浮かびます。

言えることは、僕を育ててくれたのはメンバーさん達の率直な話だということです。もちろん先輩同僚職員のアドバイス等もたくさん受け、感じるところや考えさせられることもたくさんありました。それでもやはり大きいのは、メンバーさんの日々のかかわりでの率直な意見や表情、空気感など関わりの中から得たものです。ちょっと今では考えられないかもしれませんが、毎月あるグループミーティングで、私自身の1ヶ月間の振り返りを「じっくり、たっぷり」してもらっていたことを思い出します(これってものすごい贅沢な時間(笑))。

当時の僕もなかなか頑固で、言われることも多かったのですが、メンバーさん達に対しての感情やああしたい、こうしたい20190308121114ということを率直にぶつけていました。「そこまで言うのか?」というのもあったかもしれません。メンバーさん達からは「いやいや違うだろう!」という押しかえしもたくさんありました。結果的に僕が間違った態度も多く、素直に「ごめんなさい」と謝ることもたくさんありました。この年になっても人に謝るということができることは大切な財産だと思います。

とことん悩む時間をもらい…なんていうと少し格好をつけていて、実際は、そのままこの分野で働くことに自信を失うこともしばしばありました。少し前言を撤回するようですが、「口で言うほど素直なやりとりというのは簡単じゃない」という気持ちも半分はあります。

それでも、社会人ほやほやの僕に対して、社会経験豊富で自分自身と向き合ってきたメンバーさん達だったから、受けて止めてくれていたのかと改めて思えます。

本当に自由に過ごさせてもらっていましたし、この貴重な時間は私のキャリアにとって切り取ることができない貴重な時間だったと思います。

メンバーさんから育てられ、自分の気持ちが変化する

私もなんだかんだで中堅職員として、職員にいろんなことを伝えなければいけない立場になってきました。そんな私が苦手なことの一つは職員を育てることだという自覚があります。だから、すこしこの場で語りたいと思います。私の場合、一つのエピソードが自分を変えたというものはありません。メンバーさんとの日常的な関わりであるユニット活動やお茶を一緒に飲むこと、一泊旅行、スポーツプログラムなどの活動を通して、本当に徐々に考えや気持ちや姿勢が変わったという感じがします。「心境の変化」とは私の場合そのようなものです。
繰り返しになりますが、入職した頃、メンバーさんの「できないところをどうしようか」と思っていました。そしてそれが、自分の仕事だと思っていました。

しかし、メンバーさんと同じ時間を過ごし、共に笑い、メンバーさん同士が助け合っていたり、褒め合い、一生に悩んで

「最近夜、眠りにくいんだよ」と話し始めた時、他のメンバーさんが相槌を打ちながら「先生に相談してみたら」と、アドバイスする

20190308121025時には泣いて。そんな日常風景が流れていき、この作業所一部に溶け込んだ時に、メンバーさんの「いいとこ探し」をしている自分がいることに気がついていました。棕櫚亭Ⅰ(だいいち)の「ワンピース」になったみたいな感じです。

ようやくその頃の自分が「朝からちゃんと起きないからだよ」と笑いながら自然に応じている姿は、他の人からも違うように見えていたのではないかと思います。

「自分のアイデンティティが崩れ」なんて言うとかっこいいのですが、逃げ出したくなるようなしんどい気持ちと向き合い、理由を自問する。これを繰り返すことで自分自身を見つめなおす…そんなことがあったことをこの文章を書きながら、昨日のように思い出してきました。
私が私の専門家であるように、精神疾患の専門家というのは実はメンバーさん本人自身であり、教科書の知識は所詮、机上の知識であり、現実はメンバーさんから学ぶことが大切なことだと思いました。こんなことを後輩には伝えたいと思っています。

当時の棕櫚亭Ⅰに勤務できたことは私の財産であり、そのことには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

終わりに

仕事を始めて時間がすこしたち、自分がメンバーさんと共に生活をしていくにつれ、仕事をしているというか、自分も成長させてもらっているので、これでお給料を頂いていいのかなぁと思うことがありました(笑)
当時、作業所でメンバーさんにこんな質問をしました。「職員の役割ってなんでしょうか?」と。

メンバーさんは「一緒に悩んでくれて、側にいてくれて、何かあったら話せる相手」と答えてくれました。この言葉は今でも心に刻んでいます。
私の仕事のスタンスは「まず本人に教えてもらう」そして「黒子になろう」ということです。
これからも学ぶ・教わる姿勢は忘れないような関わり方を大切にしていきたいと思います。
たまに、先回りしてしまうことは自分の個性として受け入れてもらう他ないですが(苦笑)

この仕事に対する姿勢というものは就労系のオープナー勤務になった今も胸に刻みながら、職場と職場、そしてオープナーを汗をかきかき駆け回っています。

当事者スタッフ櫻井さんのコメント

川田さんが実習生で来て、非常勤として働き始めた頃からを知っているので、成長したなあ、Kさんが言うように育ったなあという感じをもちました。
川田さんが入職した頃とてもハンサムで(今もか(笑)) スマートで都会的センスにあふれ、かっこいいなとメンバー皆で話していたのが昨日のように思い出されます。
障害者自立支援法ができ、いろいろメンバーの活動が制限されていった頃、当時あった車の棕櫚亭号を運転し、いろいろな所にメンバーを連れて行ってくれました。
今で言う地活のⅡ型で(その当時は作業所)生活全般にわたって川田さんには相談を引き受けていただきました。その頃のメンバーは40代、50代の重鎮もいて正直仕事しづらかったかとも思います。もともと誠実で素直な性格だったので、この並み居る重鎮に言われたことを自分で消化し自分の仕事に生かしていったことかと思います。
今や棕櫚亭になくてはならない人になった川田さんの考えが後の方に継承されればと思います。

編集: 多摩棕櫚亭協会 「ある風景」 企画委員会

もくじ

 

『卒業生インタビュー3』青木さん(シダックスオフィスパートナー株式会社)

法人本部 2018/06/15

卒業生インタビュー 3

今回はピアスを卒業され、現在も継続しているお仕事をされている「青木さん」と会社の定着支援担当の「大野さん」へのインタビューを実施しました。

青木さんはどのようにピアスを利用され、それが今のお仕事にどうつながっているのでしょうか?

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アクセルを踏んでしまう自分に気付きました。

青木さんシダックスオフィスパートナー株式会社

勤務期間:5年6か月

以前はどんな仕事をされていましたか?

青木さん:製造業に従事しマシンオペレーターと生産スケジュールの管理、資材の発注等を業務としていました。会社からの更なる期待に応えようと仕事を家に持ち帰らないと落ち着かず、飲めないお酒を飲んで寝る生活の繰り返しでした。そうした生活を続けるうちにうつ病を発症、仕事のプレッシャーや上司や部下との人間関係で会社に行けなくなり休職、傷病手当が終了する平成21年に退職しました。

ピアスで学んだことはどんなことですか?

青木さん:私は仕事にのめり込みやすく、ついアクセルを踏みすぎて疲れてしまうことがわかりました。再発に繋がらないように、のめり込まない様にとトレーニングでコンコンと言われました。3か月のチャレンジ雇用で実践を学び身に付けました。昔のようではダメだと思いました。

ピアスのトレーニングの厳しさが今とても役に立っています。自分自身のコントロールやどうなったらマズイかがわかったり、新しい働き方を学びました。

障害者雇用を選んだ理由はありますか?

青木さん:就活当初はオープン、クローズはあまり意識していませんでした。しかし50歳を目前にしての就活は想像以上にきびしく、クローズでは殆ど求人がありませんでした。また、オープンで、障害者雇用で働くということが割りきれずにいました。

そのような時チャレンジ雇用で国立市役所に3ヶ月間お世話になりました。その時初めて障害者雇用とはこういうものなのかと実感し、こういう働き方もあることを教えてもらいました。このチャレンジ雇用がきっかけとなり障害者雇用での就職を選びました。

その後今の仕事にはどんな経緯で就職しましたか?

青木さん:シダックスオフィスパートナー(以下SOP)が出来た1年後に入社しました。オープナーからの紹介でした。運と縁を感じました。

現在のお仕事について教えて下さい。

青木さん:事務補助です。入社当時は受け身の仕事に物足りなさを感じることがあり、モチベーションが下がってしまうことがありました。しかしステップアップのためのピアサポートを実践し、トレーナーから正社員に登用されリーダーにキャリアアップしました。職務内容は他のスタッフへの仕事の割り振りや業務の進捗管理、業務全般についての指示や指導等を行っています。また実習生の実習前の面談、指導、振り返り面談を担当しています。

SOPの社風が私には合い、肩に力を入れ過ぎることなく業務に取り組めています。残業もありません。

最近苦労されていることはありますか?

青木さん:リーダーとしての同僚とのやりとりです。渡した仕事がうまくいかないことがあったり、コミュニケーションがスムーズにとれない時、何でわからないのかと思うことがあります。こういった状況は誰にとってもつらく、いいことがありません。そんな時には傾聴を心がけています。元々の自分は聞き続けることは苦手で、ついしゃべり過ぎて答えを誘導してしまう傾向にあります。なのでまずは相手に話をさせることを意識し、しゃべり終わるまでは相槌に留めるよう心がけています。

日々の生活やご家庭とのバランスで気をつけていることはありますか?

青木さん:妻からは「家と両立させてね」と言われています。その言葉が結果として仕事でアクセルを踏もうとする自分へ、良い意味でブレーキになっています。また、再発した際リスタートのリハビリにも家事がバロメータになっています。

仕事を続けていくために努力していることはありますか?

青木さん:「毎日行くこと」です。出勤率は90%以上です。私はどちらかというと自分を追い込んでしまうので、いい意味で甘やかすことも必要と休むとそれが呼び水になってしまい、長期欠勤につながってしまうことが間々ありました。なので、「無理せず休む」から「とりあえず行こう」と考えを変えました。

調子がよくない時は音に敏感になります。上司と相談し耳栓を使用しています。こうしたささいな不調のサインを上司に相談することで、大きく体調を崩すことなく働き続けることができています。

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大切なことは「セルフケア」「セルフコントロール」をご自身で実践することです。

大野さん(シダックスオフィスパートナー株式会社)

青木さんの印象を教えてください。

大野さん:明るく、仕事や人付き合いに対してまじめで、一生懸命な方です。周りの方には父親的存在で、愛情持ってリーダーとしての務めをされています。また、ご自身の障がいと向き合って入社時から徐々に体調を崩すことが少なくなってきており、セルフケアができるようになっています。

会社で行っているサポートはありますか?

大野さんもともと努力家で仕事の能力をご自身で高めていこうとする方なので、業務の進め方はお任せし、こちらは進捗チェックやサポートにしています。

また、体調・メンタルを崩される「前」は行動や考え方に予兆が見られるので、こちらから「セルフケア・セルフコントロールの声かけ」、それでも難しい場合は「ストップをかけるよう」にしています。

特に生活面は支援機関とのつながりが大切なので、必ずご自身から支援機関につながるようにお伝えをしています。

精神障害者の定着について、会社としてのお考えはありますか?

大野さん≪不安感の軽減を図り、やりがいに配慮し、モチベーションの維持・向上を継続すると共に、キャリアアップの実現を目指す≫

当社ではこの考え方に基づいて運営しています。

また、当事者は職業準備性(働くにあたって仕事をするスキルや考え方)が整い、支援機関との連携に前向きでヒューマンスキル(主に対人関係構築スキル)の向上を意識できる人はより定着できるものと考えています。会社としましてもヒューマンスキルの向上を目指したグループワークを取り入れ、皆さんで意見交換しています。そこから社員間の相互理解につながりトラブル等発生しない要因になっています。(1回/月)

これから働きたい精神障害のある人たちへメッセージをお願いします。

大野さん:当たり前ですが、就労の大前提は「出勤率が高く、長く働けること」です。ただし、体調・メンタルは波もあります。大切なことは「セルフケア」「セルフコントロール」をご自身で実践することです。

しっかり「何故働きたいのか?」と毎回目標を見て、セルフケアを大事にすれば、きっと今後の就労に繋がります。また、「仕事が生活を支えている」と考えていただいたほうが、仕事に対する向き合い方がより真剣になれると考えています。

協力: シダックスオフィスパートナー株式会社
インタビュー: 2018年5月

もくじ

『卒業生インタビュー 2』高橋和宏さん(タクトホーム株式会社)

法人本部 2017/11/29

卒業生インタビュー 2

ピアスのトレーニングを経て就職をされた方は、1997年の開所以来、170名以上にものぼります。(※2015年度時点)
今回は、ピアスを卒業され、現在も継続してお仕事をされている「高橋和宏さん」と、会社の定着支援担当の「高見澤さん」へのインタビューを実施しました。
高橋さんはどのようにピアスを利用され、それが今のお仕事にどう生かされているのでしょうか?

『卒業生インタビュー 02』高橋和宏さん

高橋和宏さん と 高見澤さん

ピアスで何がしたいのか、ビジョンを持って下さい。

高橋和宏さんタクトホーム株式会社
勤務期間: 2年7か月

ピアス入所前の経歴を教えて下さい

高橋さん: 近所の小さなデイケアに8ヶ月ほど通った後、多摩総という都立の大きなデイケアに移り、2年間通いました。そしてその後、ピアスへ来ました。

なぜピアスに入ろうと思ったのですか?

高橋さん: 正直、流れで。自分が何をしたいのかが明確でなく、なんとなく働きたいと思ってオープナーに相談に行ったら、ピアスを紹介されました。

ピアスの印象はどうでしたか?

高橋さん: 元気なところだと思いました。多摩総とあまり変わらない雰囲気でしたが、みんな就労を目指していて、そこに加わるのは自分にとって一歩前進だと思いました。

ピアスで学んだことはどんなことですか?

高橋さん: 仕事のスキルといった表面的なことでなく、もっと根本的な、自分に欠けていた要素に気付かされました。具体的には、誠実に、また積極的に仕事に取り組む心構えができていませんでした。半年、一年といった長い期間、ピアスのプログラムに従事することで、そのような深い反省をすることができました。
また、仕事の報告・連絡をする時に、簡潔に話すことができず、話が長い、という指摘を受け、その当時は不本意に感じたものです。しかし、実際その通りで、本当にいい勉強をさせていただきました。

ピアスで苦労したことはありますか?

高橋さん: ピアスに通うことで何を達成したいのかというビジョンが曖昧なままピアスに通い始めたので、通所開始当初は特に、自分の成長が感じられず、苦しかったです。幸い、1年2ヶ月目に、東京都庁での一週間の職場体験実習に行ったのをきっかけに、将来働くためにピアスのプログラムをもっと頑張りたいと強く思うようになり、それからはピアスで積極的になれました。

現在の仕事のことを教えて下さい。

高橋さん: 現在、タクトホーム株式会社に勤務しています。配属は設計部で、仕事内容は家の安全性の証明書を取得する申請作業に携わっています。具体的には、パソコンで図面をチェックしたり、PDFの書類を揃えて審査機関に送ったり、審査機関の担当者とメールのやり取りをしながらミスを補正したりする作業をしています。

今の仕事を選んだ理由はなんですか?

高橋さん: 完全にめぐりあいです。その頃、就職活動をしていましたが、連戦連敗で行き詰まっており、そんな中オープナーからタクトホームの非公開求人を紹介されました。

働き始めてからピアスに通ってよかったと思うことはありますか?

高橋さん: ピアス時代に、メンバーの一人で尊敬できるお兄さん格の先輩と出会い、親しくしてもらいました。その方と同じレベルで話をしたいと強く思い、自分の病気について頑張って本を読み勉強しました。その時期に得た知識が、働く今の自分を本当に支えてくれています。ピアスだからこその出会いだと思います。「ビジョンを持って」という今回伝えたいテーマとは正反対なことを言うようですが、とにかくピアスに来たから得られた幸運でした。
また、もちろん報告・連絡・相談などの仕事のスキルをピアスで身につけていたことは現在仕事をするのに大変役立っており、ピアスに感謝しています。

ピアス(福祉施設)と職場(一般就労)の違いは何かありますか?

高橋さん: 会社全体として実際にお金を稼がねばならないところが、福祉施設と一般就労の一番大きな違いではないでしょうか。働きながら、責任感を感じます。その責任感に押されて無理しすぎることの無いよう注意しながらも、やはり、責任を果たして自分なりに頑張りたい。そんな環境が、自分にとっては刺激的で、充実感を感じます。

働いていて苦労したことはありますか?

高橋さん: 周りがほぼ全員健常者なので、最初は自分から壁を作ってしまうということがありました。しかし、タクトホームに勤務しているオープナー出身者の方たちとお昼ごはんを一緒に食べるようになって、安心し、会社の皆さんに対しても壁を作るのをだんだんやめることができるようになりました。オープン就労とは、つまりは中途入社の一種だということが実はミソだと思います。入社する時期が一人ひとりバラバラで、同期入社の人がいないので、一人で新しい環境に慣れていかなければなりません。自分の場合も、それが大変でした。

今働く上で努力していることはありますか?

高橋さん: よく寝ることです。本当に、効果てきめんです。よく寝ればいい仕事ができるし、寝不足だと集中力が続きません。

ピアスを利用したい人たちに向けてメッセージがあればお願いします!

高橋さん: ピアスはとても有名だけど、ここに来ればなんとかなるだろうと思って来るだけではもったいないです。ピアスに通うことを通じて自分はどうなりたいか(ビジョン)を、ちょっとでもいいから考えておくことを、お勧めします。そうすれば、最初から積極的にプログラムに取り組め、成長し、自分の夢に大きく近づくことができるでしょう。私自身ができなかったことではありますが、これからピアスに通う皆さんにはそれを期待しております。

『卒業生インタビュー 02』高橋和宏さん

高橋和宏さん

高橋さんは自分の話をいろいろしてくれます。
そういったコミュニケーションがとれることが大切だと思っています。

高見澤さんタクトホーム株式会社

高橋さんの印象を教えてください。

高見澤さん: 真面目です。それも筋金入りの真面目さです。そのため責任感もあります。

現在、会社で行っているサポートを教えてください。

高見澤さん: とくにないです。むしろこちらが相談しています。しいて言えば、仕事量の調整を行っています。

支援者より:
高橋さん、高見澤さん、支援者で共有できるSPISというWebシステムをつかった支援をしていただいています。それに伴い、現在は2ヵ月に1回関係者で企業で集まる場を設けてもらっています。また高橋さんと高見沢さんの間では本人が提出する「月次報告書」へのコメントをもらっています。

高橋さんが入ったことで、部署内で何か変化したことはありますか?

高見澤さん: 障害者雇用に限らず、職員の働き方が多様化しています。育休や体調不良による休職・復職もありますし、体調が思わしくない状態で働いている職員もいます。それぞれに応じた対応ができるようにしようとする意識が出てきたのは高橋さんのおかげかもしれません。

高橋さんが勤務して2年7ヵ月経ちますが、入所当時と比べて変わったと思うことはありますか?

高見澤さん: 入社当時はもう少し自分に対してネガティブなことを言うことが多かったように思います。どもったりなど言われるとこちらは「そぉ?」と気にならないことでしたが、本人にどうそれを伝えればいいのかが難しかったです。今はそういった発言は全くありません。普通に一緒に仕事をやってもらっている関係性になっています。

今、就職を目指している方に対してメッセージをお願いします。

高見澤さん: 高橋さんは自分の話をいろいろしてくれます。自分から発信してくれるので、高橋さんの考えていることがわかり、対策がとれます。どんなことでも発信してもらえると対策がとれますが、発信がないと対処ができないのでそういったコミュニケーションがとれることが大切だと思います。難しいことですが、自分の情報を開示してもらえることが出来るようになるといいと思います。また言葉だけだと忘れてしまうこともあるので、紙に書いておくのもいいですね。

協力: タクトホーム株式会社
インタビュー: 2017年10月

もくじ

 

賛助会通信「はれのちくもり」平成27年3月号

法人本部 2015/02/14

SSKP「はれのちくもり」棕櫚亭通信(平成27年3月号)を掲載しました。

分場トゥリニテが国立に移転します。
就労移行支援事業所ピアスの分場として活動していたトゥリニテが、この3月に国立へ移転することになりました。
これまで立川市内の事業所として22年間余にわたって行政を始め関係機関のみなさま、建物を貸して下さった大家様、地域の皆様には本当にお世話になりました。
トゥリニテは昨年7月にレストランとしての役割を終え、「ワークサンプル」という事務の基礎部門のトレーニングを提供してきました。
そしてこの半年あまりの取り組みの中から…

詳しくはこちらから »

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